野口内科 BLOG

  鹿児島市武岡に開業して41年の野口内科です。
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 武岡の端っこを歩く

〈〈 武岡の端っこを歩く 45  武岡五丁目8番地付近 〉〉


2010060316335930085.gif市道水上坂横井線を前回の場所から更に西北西の方へ進むと旧道と合流するT字路がありますが、五丁目と六丁目の境界をなしています。

ここには以前武岡唯一のガソリンスタンドがあったのですが、近隣に別のスタンドができたこともあり廃業してしまい今はコンビニエンスストアになっています。
この場所からの眺めは抜群で広いエリアが見渡せます。
下のパノラマ風に処理した写真には桜島と右端に武岡台小学校の校舎、そして少しだけ明和の住宅が映っています。
鹿児島市内から桜島を撮る際は山肌の陰影がくっきりするので夕方に限りますが、この日は頂上が雲に覆われていました。
そして撮影翌日には武岡地区はドカ灰に見舞われてしまい、現在緑の輝きがすっかりくすんでしまっています。
鹿児島のシンボルは機嫌をとるのが難しいですね。

さて、旧道と合流した水上坂横井線はくねくねしながらやや北方へ向きを変えていきます。




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〈〈 武岡の端っこを歩く 44  武岡六丁目7番地付近 〉〉


武岡台小学校そばの脇道から再び市道水上坂横井線に戻り、西北西の方へ歩いていきます。

シリーズ第41回でも紹介しましたが、ここは谷を埋め立て、武岡六丁目ができたときに開通した部分で、地図の下方のくねくねとカーブが連続するのが旧道です。
新道部分は緩やかに上りながらもまっすぐな道で、右手はフェンスで仕切られています。
色々な景色が楽しむことができますが下の方の眺めは芳しくなく、武岡台小学校から見えた高速道路をしっかり望めるのは地図で紹介したポイントだけです。
鹿児島 IC と鹿児島北 IC の間の一部ですが、人口60万人の都市とは思えない豊かな自然の中を 4車線の道路が貫いています。



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〈〈 武岡の端っこを歩く 43  武岡六丁目1番地・武岡台小学校脇 〉〉


武岡の端っこを歩いていると、車では通れない脇道がいくつかあります。
これまでも見つけ次第ことごとく歩いてみました。( 第2回第24回第25回第27回 )
武岡台小学校の脇にも下っていける道があります。
在校生には危険なのでと通行を禁じるお達しがあるようですが、降りて行くとどうなっているのでしょうか。

2010041822514326948.gif最初のうちは比較的道幅もあって、右手のフェンスの向こうからは武岡台小学校自慢の「武岡台の森」で飼われているヤギがお出迎えしてくれました。
ここを過ぎるとだんだん勾配がきつくなり、道も細くなって寂しい雰囲気になってきます。
そして竹を中心に幾重にも木々が道に倒れかかっており、まともに歩ける状態ではありません。









2010041822523227052.gifやっとの思いで道が平になっている所に出ると、見えてきたのは高速道路。
上り線が田上トンネルを出て間もない場所に相当します。
この下をくぐって更に進んでいくと、車も通れる位の道幅になって高速道路と並行し、明和の北枝バス停付近に辿り着くことになります。
多分高速道やトンネルの建設やメンテナンスのために作られた道なのでしょうか、民家は全くありません。
これまで通った脇道はまがりなりにも生活道路ではあるのですが、この道を普段利用する人はまずいません。
空缶が数個転がっていましたが、高速道路から捨てられたのでしょうか、それとも誰かがここで休憩したのでしょうか。

小学校のすぐ横から下れる道ということを考えると、フェンスを作るなどして通行を制限し、安全対策を施した方がいいと思うのですが。


〈〈 武岡の端っこを歩く 42  武岡六丁目1番地・武岡台小学校校庭 〉〉


武岡の端っこを歩く。
今回は武岡台小学校の校庭から見える風景をご紹介します。

前回も書きましたが、小学校から武岡六丁目付近は武岡に人々が定着して10年程してから谷を埋め立てたエリアです。
そのせいでしょうか、小学校内に武岡六丁目と明和二丁目の境界線が走っています。
小学校の敷地は広いものの段々畑状になっており、校庭も上下二段に分かれています。
グラウンドのある「下校庭」のフェンス越しに見えるのが九州縦貫自動車道です。
ちょうどこのシリーズ第10回で紹介した田上トンネルの北側の出入り口に当たります。
高速道路からの騒音が気になることはほとんどありません。

高速の下り線からも、田上トンネルの真上に特徴ある赤い屋根を持った武岡台小学校の校舎を確認することが出来ますけど、運転には十分ご注意ください。


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〈〈 武岡の端っこを歩く 41  武岡二丁目・武岡台小学校前歩道橋 〉〉


原良貯水池の交差点をちょっと西北西に進んでいくと、すぐにまた信号のあるT字路交差点があり、そこには歩道橋が架けられています。
歩道橋の北側には武岡台小学校があります。
考えてみると武岡の中で信号間の距離が最も短い所ですし、歩道橋もここだけですよね。
車の交通量が非常に多く、朝夕は渋滞も目立ちます。

2010030208315612878.gif高い所からの景色はいかに、と思って歩道橋の上からあたりを見回してみましたが、南側は市営住宅、北側は小学校の校舎、東の方向には前回紹介の貯水池のタンクがそびえており桜島を眺めることすら出来ません。
北東方向にかろうじて小学校の青い体育館の屋根越しに、私の出身校である明和中学校を確認することが出来ました。
当時はまだ武岡中学校がなかったので、武岡も明和中学校の校区でした。
明和の向こうには吉野の台地、電線の間に牟礼岡の風力発電の風車がいくつか見えています。


2010030208325512883.gif西側はこれから進んでいく市道水上坂横井線が緩やかな右カーブを描きながら伸びていますが、島津の殿様が参勤交代に使った本来の街道ではありません。
この交差点を左へ曲がる道がそれに当たります。
武岡台小学校や武岡六丁目のエリアは私が住み始めた頃は、まだ雉の鳴き声響く谷底だったのですが、この直進道路も谷が埋め立てられてから出来たものです。

〈〈 武岡の端っこを歩く 40  武岡二丁目・原良配水池交差点 〉〉


市道水上坂横井線に戻ってほんのちょっと歩くと、配水池のタンクがそびえる信号のある交差点になります。
ここは武岡団地と原良 ( はらら ) 団地の境界部分で、ここから北側は原良団地です。
交通量が非常に多い場所なので、車も人も写らないタイミングでシャッターを切るのは苦労しました。

武岡団地は住居表示も「武岡」ですが、原良団地は「明和」。
明和を通る市営バスは、昔は「原良団地線」と称していて、原良配水池のすぐ近くにあるバスターミナルも「原良団地」だったのですが、平成8年より「明和」に改称し、バス路線も「明和線」となっています。
明和の名前の方が一般的になってきているのですが、「明和団地」という言い方だけは正しくありません。

さて、明和側からは高度的に最高地点となる交差点ですが、市道水上坂横井線はこの高度をしばらく保ったまま西北西へ伸びていきます。



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〈〈 武岡の端っこを歩く 39  武岡二丁目・16番地付近 〉〉


前回の場所から更に足を進めて行くと、市道水上坂横井線に戻ります。

程なくして右手に下って行く坂があります。
この道は原良の日枝迫 ( ひえがさこ ) と呼ばれる地域に繋がっています。
ちなみにこの交差点を左手に進むと野口内科に辿り着きます。
そういうこともあって私がよく利用する坂でもあります。

水上坂にも負けない急な坂を例によって下りてみますと、地図の矢印部分から桜島を望むことができます。
数年前までは全く見えなかったのですが、この場所の斜面工事で木々が伐採されて見晴らしが良くなりました。
写真は元旦に撮ったもので、この時は桜島北岳 ( 左側 ) が冠雪していました。
眼下に広がるのが山と山に挟まれた日枝迫の町並み。
写真中央の高台には城山観光ホテルも見えるのですが、写真が小さくて日の当たり具合がわるいのでわかりませんね。
ご勘弁を。



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〈〈 武岡の端っこを歩く 38  武岡二丁目・16番地付近 〉〉


武岡団地常盤口から北西方向に続く市道水上坂横井線の坂を上っていきますが、このあたり全く景色を楽しむことができません。
前回紹介した武岡の中の常盤町の家々を通りすぎると右側に分岐する道があります。
診療所と同じ二丁目でありながらこの道は初めて通ってみました。
左手には住宅がありますが、右手は薮で景色を眺めることはできません。
地図上は道路の端から右手は原良町になっています。
地元の人以外にはこれを「はらら」とはまず読めないでしょう。
この道は恐らく武岡が造成される以前のメインの街道だったのではと推測しています。
右手ばかり見ていると少しそんな雰囲気がします。
いずれ古い地図を探し出して、調べてみようと思っています。

道の右側の一部が幼稚園の農園になっているところがあって、そこから桜島の上部がかろうじて見えましたので、写真を撮ってみました。
あんまり面白くない写真なのですが、二丁目の端っこから桜島の見える数少ないスポットなのでお許しください。



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〈〈 武岡の端っこを歩く 37  武岡二丁目・武岡団地常盤口交差点 〉〉


このシリーズ、35回36回と武岡を離れ水上坂を散策していましたが、今回から再び武岡の端っこを歩いて行きます。

さて、今日紹介するのは武岡団地常盤口交差点です。
地図の矢印の方面をカメラに収めました。
この交差点の右側が水上坂、左側には焼酎で全国的に有名な武岡酒店や鹿児島では知らない者がいないパティスリーヤナギムラ等があります。
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写真の道路右側には10件あまりの家々があるのですが、この一帯だけ住居表示は常盤町になっているというのをご存知でしたでしょうか。
ここに住まわれている方に話をお伺いしたことがあるのですが、住所を教えると武岡の住民と思ってもらえないと嘆いておられました。
武岡中学校の近くに最近宅地開発された武岡ニュータウンと称される場所があり、最初は小野町の住居表示でしたが、武岡五丁目に編入されましたし、樟南高校のあたりも常盤町から武岡一丁目に編入されました。
それよりもずっと古くから住宅があるのにどうして常盤町のままなのでしょうか。
校区も武岡小学校ですし、不便は解消されるべきと考えます。


〈〈 武岡の端っこを歩く 36  水上坂 2 〉〉


前回の場所から緩やかな勾配を少しずつ武岡のほうに戻っていきます。

200910211406435608.gif昔ながらの道で、区画整理もままならず拡張の難しい道ですが、ことさら車の離合に難渋するのがこの場所。
一見すると川がないのに小さな橋が架かっていることは、車で行き来する多くの方が存知だと思います。
実際には、川はちゃんとこの下を流れていて、その上にコンクリートで蓋をしているだけなのです。
今回、そのコンクリートの上に立って写真を撮ってみました。
これまで、西田側 ( 写真の右側 ) だけにあると思っていた橋の親柱。
確かに、写真手前の武岡側は欠けてしまっているのですが、向こう側にはブロック塀の一部と化してしまっているもののちゃんと存在していることが分かりました。
小さいですけど石橋なんですよね。


200910211407225491.gifさて、この橋のすぐ近くに阿弥陀像があるのをご存知でしょうか。
明治の初めに鹿児島で吹き荒れた廃仏毀釈の影響なのでしょうか、お顔は潰されてしまっています。
昔、ここには阿弥陀堂があって豊富な水量を誇る井戸があったそうです。
また、妙円寺参りの行き帰りにのどの渇きを潤す場所だったとか。
武岡の住宅街が造成された影響で、往時の湧水とは程遠いものとなっています。
ここから道は勾配が徐々にきつくなりますが、この場所より上にある坂だから「水上坂」( みっかんざか ) と名付けられたようですね。
先述のコンクリートの下に水は確かに流れているのですが、もう少し上流に向かうと一滴の水の存在も確認できませんでした。

この付近は、鶴丸城を出て最初の宿駅であり、阿弥陀様の向かいには御装束之門と呼ばれる参勤交代時の休憩場所もあったそうです。

歩くにはちょっときつくて交通量の多い道ですが、散策したら興味あるポイントがいくつもありました。
皆さんにも一度は歩くことをお勧めしますし、歴史ある道として整備するのも面白いのではないでしょうか。
明日から始まる妙円寺参りに参加する方も、歴史を感じながら水上坂を登ってください。

次回からは武岡に戻って、端っこを歩き続けていきます。
連載16回目から続いていた一丁目を離れ、いよいよ二丁目に入ります。

〈〈 武岡の端っこを歩く 35  水上坂 1 〉〉


10月の第4土日は鹿児島の恒例行事、妙円寺参り (妙円寺詣り・妙円寺遠行) が行われますが、避けて通れないのが急勾配で知られる最大の難所、水上坂 (みっかんざか)。
「武岡の端っこを歩く」というこのシリーズ、偶然にも今月この坂を登りきったところにさしかかりました。
どのくらいきつい坂なのか、写真でお伝えするのは本当に難しいものです。
右手には前回紹介した、名も無い公園が見えています。

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高校生時代、私はこの坂を毎日自転車を漕いで駆け上がっていたというのを信じていただけるでしょうか。
今やろうとしてもとても無理な話、我ながらよくやったものですね。


さて、折角ですので坂を下って常盤の町の様子を 2回に分けてお届けしたいと思います。
歩いてみて初めて分かることもあったので、皆さんも妙円寺参りの時などに注意してみて下さい。

今回は坂をずっと下って行って市営パス 2番線の終点、常盤バス停のすぐ脇にある日枝神社をまず見ていきます。2009100116573622705.gif
ここは幾度となく行き来している場所にも関わらず、今回初めてお参りしました。
建立は1504年とあり、境内には樹齢300年を超えるクスノキがあります。
実は、この神社は歴史上とても大切なポイントなのです。
島津の殿様が参勤交代の際にこの境内で旅の無事を祈願し神楽が奏されたそうですが、それにも増して注目すべきことがあります。
それは島津斉彬と西郷隆盛が初めて会ったのがここではないかということ。
「水上坂の藩侯お茶屋に御休憩の時」に出会ったとある本に記されているので、茶屋が一体どこにあったのか非常に興味があって調べていました。
この茶屋が日枝神社のさらに山の上の方にあったのではという説が有力であることを、歴史に詳しい方から間接的に情報をいただきました。( 建部神社の神主さん、ご協力有り難うございました )
今は神社から山へ向かう通路はどこにも見当たらないのですが、この山手からだと城下の町を見下ろしつつ桜島の眺めも素晴らかったのではないかと思います。
こんな歴史上大事なスポットを素通りしていたなんてもったいないことです。
そう言えば、今年は島津斉彬生誕200年にあたりますね。

2009100117023322642.gif日枝神社から武岡に戻る途中でたまたまこんな碑を見つけました。
ここに記されている八田知紀という人、全く知りませんでした。
私の父親は知っていましたが、この碑の存在までは知らなかったようです。
小松帯刀の和歌の先生だったようですが、興味のある方は是非調べてみて下さいね。
この碑は日枝神社から市道沿いに武岡方面へ歩いていくと左手の脇道の入口にひっそりと佇んでいますので、皆さん探してあてて下さい。
ちなみにこの脇道、「武岡の端っこを歩く 24」で紹介した場所に繋がっています。


〈〈 武岡の端っこを歩く 34  武岡一丁目 2番地付近 〉〉


武岡団地北公園からさらに北西方向に歩いていくと再び公園が現れます。
常盤方面から武岡へ進むと、どうしても避けて通れない急勾配で知られる水上坂 ( みっかんざか )。
それをほぼ登りきる直前に存在している公園ですが、名前がありません。

ここは近いうちに無くなってしまいます。
というのもこのところ紹介している市道「武・武岡線」に置き換わってしまうからです。
そのためなのでしょうが、現在この場所は草も刈られることなく荒れ地の状態です。
以前にも書きましたが、ここは随分昔からの計画で道路が出来るまでの命運だったものと考えられます。

下の写真は南東方向からこの公園に向かって迫り来る工事中の道の様子です。

水上坂の上り口には立体交差が出来る予定。
この付近の景色も車の流れも大きく変わることでしょう。



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〈〈 武岡の端っこを歩く 33  武岡一丁目・武岡団地北公園 〉〉


200908142229042973.gif前回の場所からさらに北西へ道を進んで行きますと右手には公園があります。
武岡団地北公園。
残念なことですが、右の写真のように公園の名を記すプレートからは「団地」の文字が剥がされています。

車も滅多に見かけず、とても静かな場所にある公園です。
が、この脇を市道「武・武岡線」が通ることになるので、やがて様相は一変することでしょう。
下の写真のように、今はこの公園から常盤の町並み、鹿児島中央駅の観覧車・アミュラン錦江湾 ( 鹿児島湾 ) に、桜島大隅半島の高隈山系と見事な景色を眺めることができます。

写真の右側に高架橋の橋桁が写っていますが、道が架けられるとこの景色が見えなくなってしまうことは必至。
そしてこの閑静さも失われてしまうでしょうね。



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〈〈 武岡の端っこを歩く 32  武岡一丁目5番地付近 〉〉


前回に引き続き、道を北西にさらに進んでいくと交差点があり、北東方向へ曲がる道があります。
道なりに折れていくと、すぐに北西方向への曲がり角となりますが、この部分から南東側を振り返ってみます。
すると、このシリーズ第30回で紹介した細い通路の終点があります。
下の左側の写真のように通行止めの標識が。

そして道の角から身を乗り出すと、このところ紹介している工事中の市道武・武岡線が見えます。
実はこの曲がり角の部分から新しい道に繋がる予定。
今は本当に静かな界隈が、2年後には交通量の多い場所になる可能性があります。

右側写真はちょうど第30回と同じ日に撮った写真です。
先日見に行った時はダンプカーなどが止まっていてあまり絵にならなかったので少し古い写真を掲載しました。
細く伸びているのは作業用の臨時の道路ですのであしからず。



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〈〈 武岡の端っこを歩く 31  武岡一丁目9番地付近 〉〉


一丁目の一桁台の番地付近は北西に向けてほぼ平坦な道が続いています。

さて、地図に丸を付けた部分に注目してください。
8番地と9番地を境する交差点の北東側の道は数メートルしかなく、不自然に途切れています。
武岡団地が出来た時からこのような状態なのです。
前回紹介の地点もよく見ると同じように道が不自然に切れていることがわかります。

この不思議な道の存在意義は、市道「武・武岡線」の工事が始まって分かってきました。
武岡が造成された三十数年前の段階で既にこの外側に道を通す計画があったということだと思います。
現実には武・武岡線が随分低い位置を通ることになったため、この地点と前回の地点で繋がることはなくなりました。
若干の変更があるにしろ、長い年月をかけてでも達成しようとする都市計画の壮大さには驚きます。

そういえば、南九州自動車道も全て開通していないのにかかわらず、起点となる八代からの距離を示す標識が100メートル毎に設置されていますよね。
全通が何十年先になるかわからないけれども、細かいルートが決まっているからこそ出来ること。
我々の知らないところでお役人が練り上げたプラン。
公にはなっていなくても、街の中にその一端を示すような不思議な場所を見つけるのも面白いものです。



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