野口内科 BLOG

  鹿児島市武岡に開業して41年の野口内科です。
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 プライベート

10月23日はハンガリー動乱の起こった日です。
今年のゴールデンウィークを利用してハンガリーを旅し、当ブログでも私の行った場所などを紹介してきました。

● ガイドブックに載っていないブダペストの観光スポット 聖ラースロー教会
● ガイドブックに載っていないブダペストの観光スポット サボー・エルヴィン図書館
● タイトル画像にマルギット橋と国会議事堂
● ブダの2つの教会 ( マーチャーシュ教会・改革派教会 ) とドナウ川

私が最初にハンガリーを訪れた1987年は、まだ東西冷戦のまっただ中で、ハンガリー動乱のことを口にするのはご法度の時代。
ましてや、それを記念するモニュメントなどある由もありません。
今回の旅行では、冷戦終結後にあちこちに誕生したハンガリー動乱にまつわる場所を訪ねるのも楽しみの一つでした。
これから紹介する場所の多くはガイドブックには載っていませんので、ハンガリー観光する予定のある方は是非参考にしてみて下さいね。
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その前に、ハンガリー動乱について簡単に説明を。
ちなみに、地元では「1956年革命」 ( 1956-os forradalom ) と呼んでいます。

1956年、フルシチョフの行ったスターリン批判をきっかけに東欧諸国での自由化要求が強まります。
ポーランドでは6月に起った反ソ的なポズナン暴動をきっかけに、10月に政権交代が起こります。
これに刺激を受けたハンガリー国民が政府に対して蜂起したのが10月23日のことです。
さかのぼる7月にソ連の圧力でハンガリーのトップが交代させられますが、この退陣や言論の自由を求めるデモが予想を超えて大きくなっていきます。
デモ隊と秘密警察の間での衝突を契機に、市民と駐留していたソ連軍との戦闘が始まります。
ハンガリー勤労者党指導部は、国民に人気のあった前首相ナジ・イムレを急遽復職させ、ソ連から派遣されていた幹部とナジの話し合いの結果、ソ連軍の撤退が決まります。
しかし、彼の打ち出した複数政党制・自由選挙・ワルシャワ条約機構からの脱退などの矢継ぎ早の緩和策が、ソ連の危機感を煽り、再度の武力介入を招く結果となるのです・・・。

その後、ベルリンの壁が崩壊し民主化した現在のハンガリー共和国が樹立されたのは、1989年の奇しくも10月23日のことでした。

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ハンガリーの首都ブダペストに着いたのは午前中でした。
チェックイン前のホテルに荷物を預かってもらい、真っ先に向かったのが、ナジ・イムレ ( Nagy Imre ) の像。
ハンガリーは日本と同じで姓が先で名が後にきます。
ナジ・イムレ01

地下鉄を乗り継ぎ、コシュート・ラヨシュ広場駅で下り、ブダペストの観光の目玉である国会議事堂には脇目も振らずに、まっしぐら。
広場の南東端の交差点の横断歩道を渡った一角にその銅像があります。
橋の上から国会議事堂の方を向いている彼の姿は何となく寂しげですが、当日はハンガリーも休日で周囲はかなり賑わっていました。
ナジ・イムレ02

( ※※ ナジ・イムレの像は2018年末に撤去されてしまったようです。→ こちらのニュース )

このナジ・イムレの像の北側にある農林省 ( Földművelésügyi Minisztérium ) の建物の壁には、ハンガリー動乱の際の銃弾の跡が一つ一つプロットされていました。
ここは、旅行前の下調べでもチェックできなかった所だったので、想定外の発見に少し得をした気分でした。
農林省の銃弾の跡


次に紹介するのは、エルヴィス・プレスリー公園 ( Elvis Presley park ) です。
旅の2日目、ブダペスト近郊の町センテンドレからの帰りに訪れました。
ドナウ川に架かるマルギット橋の西端からちょっと北上したところにあります。
エルヴィス・プレスリー公園

プレスリーは、1957年にテレビ番組で司会者のエド・サリヴァンとともにハンガリー国民への寄付を呼びかけます。
集まった250万ドルを元にして、米国赤十字からハンガリーへ様々な物資が送られたそうです。
2011年にプレスリーはブダペストの栄誉市民に選ばれ、そしてこのドナウ川沿いの公園に彼の名が付けられたのでした。
表示板があるだけでプレスリーの像があるわけでもなく、何の変哲もない公園。
観光客なんてもちろんいません。


エルヴィス・プレスリー公園から南西方面へ少し歩くと、ブダペスト市内とは思えない石畳の坂があります。
グル・ババ通り

グル・ババ通り ( Gül Baba utca ) はオスマントルコがこの地を支配していた時代の名残のある坂で、とても風情があります。
ここは、ガイドブックでよく紹介されている場所なのですが、観光客とおぼしき人達を数名見かけた程度で、静かな異次元の空間でした。
しかし、モスクワを舞台にしていながら実際の撮影はハンガリーで行われた映画「ダイハード5」のカーチェィスの一場面がここで行われたとか。
この坂道の途中にある家にも、ハンガリー動乱時の銃弾の跡が見て取れます。
銃弾の跡


グル・ババ通りを登りきってさらに進むと、マンスフェルド・ペーター公園 ( Mansfeld Péter park ) があります。
Mansfeld-Peter-park

ハンガリー動乱時にわずか15歳だったペーター少年は、水・食糧の配布や情報伝達役として働き、動乱の鎮静化後も闘いの継続を訴えたとして16歳の時に逮捕され、18歳で処刑されてしまいます。
動乱の最年少の悲劇のヒーローとして、ハンガリーの人たちには象徴的な存在なのです。
公園には、厚いコンクリートの壁に四方を囲まれ素っ裸で立っている彼の像があります。
( 少年の像の写真は露出がうまくいっておらず、今回は掲載しません )
この公園からは、ブダペストの観光名所のキモである、ブダの王宮やゲッレールトの丘、ドナウ川にかかる鎖橋やエルジェーベト橋、国会議事堂などを眺めることができました。
世界遺産の街・ブダペストを一望する場所としてはゲッレールトの丘が定番ですが、ここも案外穴場なのではないかと思います。
Mansfeld-Peter-park02

ブダペスト観光の目玉の一つ、漁夫の砦の下あたりにも、壁をスパイダーマンのように這う彼のモニュメントがあるのですが、今回は訪ねる時間がありませんでした。


3日目の朝食を摂りに出かけたのは コルヴィン・クォーター ( Corvin Negyed ) という場所。
卵形に1周する道路に取り囲まれたCorvin Moziという名の映画館を中心に据えたエリアで、今は賑やかなショッピング街になっていますが、ハンガリー動乱の際に最も戦闘が激しかった場所とされています。
黄色い外壁の映画館の前にあるのが、この銅像。
Corvin-mozi

銃を手にして果敢にソ連軍に挑んだ少年たち「Pest Boys」をかたどったものです。
1956年、米国のTime誌が選ぶ Person of the Year に選ばれたのが「Hungarian Freedom Fighters」、彼らだったのです。
この近辺にも、銃痕の残る建物があちこちにあるそうなのですが、これまた時間がなくて探して回るのを断念しました。 

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今回のハンガリー旅行では、ブダペストを中心に、建物・音楽・ハンガリー動乱をテーマに掲げて各地を巡りました。
ガイドブック上のお決まりの観光スポットをなぞるのではなく、歴史を頭に入れて自分なりのプランで赴いた今回の旅、中身の濃いひとときを過ごすことができました。
 

ゴールデンウィーク中に訪れたハンガリー。
主要な観光コースからは外れていてガイドブックには載っていないけれど、足を運んでみて欲しい場所。
2ヶ所目は、とある図書館です。

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ブダペストのリスト・フェレンツ国際空港から市街地に向かう100Eのバスが最初に停車するカールヴィン広場 ( Kálvin tér ) 。
このバス停から東へ2分程度で歩いて行けるサボー・エルヴィン図書館 ( Fővárosi Szabó Ervin Könyvtár ; Metropolitan Ervin Szabó Library ) が今回紹介するスポットです。

元々 Wenckheim 伯爵の宮殿として1889年に完成したネオバロック様式の建物で、伯爵の死後、紆余曲折を経て1931年から図書館として活用されるようになりました。
三角形の土地に造られた、上から俯瞰して台形の形をしている建物です。
昔はエントランスとして使われていたであろう西の端の部分は閉ざされていますが、建物に沿って北側の道を進むと図書館の入口があります。

中に入ると、右手はビュッフェ、左手に受付があり、ここで我々観光客は入場券 ( 800フォリント ) を買う必要があります。
ゲートを通って階段を上がっていくと、ありきたりな図書館の光景に最初は拍子抜けします。
近くに大学がいくつかあるので、大勢の若者が館内で静かに勉強しています。
しかし、目指すは4階 ( 日本風に言うと5階 ) です。

サボー・エルヴィン図書館01目的の4階に着いても、ごく普通の現代的な景色が広がっていますが、奥に進んで行くと全く別世界の空間が待っています。
宮殿であった名残りが随所にみられる部屋の数々。
写真ではキャラクターの大きく異なる2つの部屋を紹介していますが、この中で普通に勉強している学生たち。
うらやましい限りです。
時間があれば蔵書を手に取ってゆっくりくつろいでみるのもいいでしょうね。



このスペースを貸し出すサービスもやっているようですが、皆様だったらどう使いますか。( → こちら )
それを活用したのかどうか分かりませんが、今春テレビで流れていた中条あやみが出ているハーゲンダッツのCMがこの場所で撮影されたみたいです。( → こちら )

サボー・エルヴィン図書館02

地下鉄のM3とM4が交わり、トラムもバスも通る交通の便の至極良い
Kálvin térは、観光客が必ず訪れる中央市場にも歩いて行けます。
アクセスの良い場所なので、時間を作ってでも800フォリントをけちらずに是非立ち寄ってみて下さい。
ただし、静かな静かな図書館であることは肝に銘じて下さいね。

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ガイドブックに載っていないブダペストの観光スポット 聖ラースロー教会
タイトル画像にマルギット橋と国会議事堂
● ブダの2つの教会 ( マーチャーシュ教会・改革派教会 ) とドナウ川
ハンガリー動乱の跡をたどる

このゴールデンウィーク中にハンガリーに行ってきました。
私にとって実に31年ぶり、2度目の訪問。
2度目とあってマイナーな場所にも足を伸ばしてみました。
主要な観光コースからは外れていてガイドブックには載っていないけれど、是非訪れてほしい場所を2ヶ所、このブログで紹介したいと思います。
今後、ハンガリーを旅する方の参考になればと思います。

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最初に紹介するのは、ブダペスト・クバーニャ地区にある聖ラースロー教会 ( Kőbánya, Szent László-templom ) です。
若干、街の中心部から離れているので、今回は知り合いの ( と言っても初めて会う) 人に車で連れて行ってもらいました。

この教会、ハンガリーの建築家、レヒネル・エデン ( Lechner Ödön ; 現地読みだとエデンはウドゥンに近いでしょうか。なおハンガリーでは日本と同じで姓が先に来ます ) の作品の一つです。
「西のガウディ、東のレヒネル」と称される彼の建築物はブダペスト市街地の所々で見ることができます。
しかし、工芸博物館は2018年5月現在改修中、地質学研究所は内部見学には事前の予約が必要。
そして郵便貯金局は下から見上げるだけではもう一つですし、美しいグリーンの屋根を一番間近で鑑賞できる
Hotel President Budapest の屋上テラスは食事をせずに立ち去るわけにはいかないでしょうし。
それらに比べると、聖ラースロー教会は周囲に建物がないので外観をぐるりと見て回ることができる上、内部の見学も無料。
何とも贅沢です。

聖ラースロー教会01教会の高さは83メートル。
ブダペスト市内では96メートルの
聖イシュトバーン大聖堂に次ぐ高さを誇る教会です。
教会を建てるにあたっては3つの案があったようですが、最終的にレヒネルの作品が選ばれたとか。
ロマネスク、バロック、ゴシック、ペルシャ、そしてハンガリー独自のスタイルなどを融合したものらしいのですが、よくわかりません。
とにかく屋根に輝くジョルナイ製のタイルが美しいです。
中央とその両端にある尖塔は六角形をしており、途中がドーム状に膨らんでいます。
この建物の大きな特長の一つでしょうね。

中に入ると、誰もいません。( 50分位居たのですが、その間にわずか2組しか入ってきませんでした ) 
ジョルナイ製の陶器による装飾や、絵画、ステンドグラス、パイプオルガンなど、素敵な空間を我々だけで独り占めです。
特にジョルナイのターコイズブルーが印象的でした。

熱心に見学をしているのに気付いたのか、教会の関係者が私たちの方に近づいてきて解説を始めました。
ラースロー1世のことから、教会が建てられた経緯、そしてジョルナイや描かれている数々の聖人の話など。
特に、ステンドグラスを作った
Róth Miksa という人の話に熱がこもっていたように思います。
ハンガリー語の語りを知り合いが半分くらいに要約して英語にしてくれて、さらにその半分くらいをようやく理解した程度なのですが、思いもよらぬことに感激しました。

聖ラースロー教会02

あまり写真を掲載すると逆に興味が半減してしまうでしょうから、今回は2枚だけにしておきます。


街の中心部からやや
離れていますが、ブダペスト市内を縦横無尽に走るバスやトラムでアクセスできます。
バスは9番 ( オーブダ地区から街の中心を通って教会近くまで行く。終点一つ手前の Szent László tér 下車 )。
トラムは3番、28番、62番 ( M1やM2、M3の地下鉄の駅から乗り継げます。やはり Szent László tér 下車 )。
バスもトラムも車内のモニターに次の停留所が表示されますので、ご心配なく。


足を伸ばして訪れる価値が十分にある世界遺産の暫定リストとなっている建物、見なきゃ損です。( → ユネスコのHP Ödön Lechner’s independent pre-modern architecture )

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ガイドブックに載っていないブダペストの観光スポット サボー・エルヴィン図書館
タイトル画像にマルギット橋と国会議事堂
● ブダの2つの教会 ( マーチャーシュ教会・改革派教会 ) とドナウ川
ハンガリー動乱の跡をたどる

3月18日、チュニジアバルドー博物館で痛ましいテロ事件が起こりました。
ジャスミン革命以降、現地を訪れる日本人が年間6000人台に落ち込んでいる中で、邦人に 3人の犠牲者と複数のけが人が出てしまいました。
クルーズ船による寄港で半日程度の慌ただしい滞在時間の中での出来事だったようですから、本当に不運としか言いようがありません。
ご冥福ならびに早期の回復をお祈り申し上げます。

私が最初にチュニジアを訪れたのは新婚旅行の時。
なぜチュニジア ?、とよく聞かれます。
以前、エジプトからモロッコまで地中海の南岸づたいに旅ができたら面白いだろうなと思いついたことがあります。
エジプトとモロッコは昔から観光地として日本人にもおなじみの場所ですよね。
エジプトの西隣のリビアはかつてカダフィ大佐が鎮座している時は個人旅行が認められていませんでしたし、モロッコの東隣のアルジェリアも国内でのテロが頻発していて外務省が渡航自粛を発出していた時期もあります。
そんなリビアとアルジェリアにはさまれたチュニジアもさぞかし危険なのだろうと思いながらいろいろ調べてみると、観光資源に恵まれたなかなか魅力的な国ではないですか。
日本人が知らないだけで、ヨーロッパの人たちはチュニジアでバカンスを思いっきり楽しんでいるのです。
実際行ってみると、美しい地中海に面したリゾート地、カルタゴやローマ時代の遺跡、そしてサハラ砂漠と、どこへ行ってもワクワクで新婚旅行にも相応しい場所でしたよ。
魅力いっぱいでたくさんの楽しい思いでができたので、結婚15周年の時に子供たちを連れて再訪もしてしまいましたし。
オスマントルコ時代の宮殿を活用したという建物も素晴らしいバルドー博物館には、新婚旅行の時に足を運びましたが、チュニジアのローマ時代の遺跡から収集されたモザイクタイルの数々に圧倒され感嘆しきりでした。

神戸在住時の2002年に日韓ワールドカップが開催された際に、チュニジア代表の試合が神戸で組まれたことで三宮にチュニジアを紹介するブースが設置されました。
そこにはバルドー博物館の関係者もいて、モザイクタイル作りの実演もしていました。
その場で購入したのが下の写真のモザイクで、今は自宅の庭の装飾として使っています。

チュニジアが、バルドーが、モザイクが、常に私の身近にあります。
歴史や文化の多くに接してきて思い入れが強い分、心の波立ちはしばらく収まりそうにありません。
しかし、賢いチュニジアの人達が国際社会と手を取りあって事態の拡大を許さないことは間違いないでしょう。


 関連 →「古代カルタゴとローマ展
バルドー博物館のモザイク タイル

201103081836258957.gif昨夜、鹿児島で行なわれた Fried Pride のライブ、盛り上がりましたね。
当初の予想を大幅に上回るお客さんが詰めかけ、会場も大きな場所へ急遽変更になりました。
新譜の曲に始まって、オリジナル曲による締め、そしてアンコールは会場に降りてきてのマイクなしでの歌と演奏。
いつも、いつも幸せな気分にしてくれる彼らのパフォーマンスには感謝します。

今回、これまでフラプラを全く知らなかった知り合いを何名か誘ってみましたが、二人の繰り広げる圧巻のステージに皆さん満足して笑顔で会場を後にしていました。
今度は誘った知り合いたちがフラプラの素晴らしさを他の人たちに伝え広めてまたライブ会場に戻ってくることでしょう。

For your smile.

2010110323104814728.gif2日の夜は、念願の羊毛とおはなのライブに足を運びました。
圧倒的に若い女性が多かったですね。

彼らの音楽は診察室のBGMとして流していることは以前紹介しましたが ( →こちら )、現在は 9曲チョイスしてあっていつも癒されています。
生で聴く羊毛君はギターの一つ一つの音を丁寧に響かせ、千葉はなさんは歌詞を大切に独特の優しい声で歌い上げ、会場をほのかに照らすキャンドルの炎とともに暖かさを伝えてくれました。
こういうじっくり聴き入るライブもいいものです。

さて、今回ゲットしたチケットの整理番号が偶然にも「87」・・・「はな」だったので、無理言って千葉はなさんにサインをお願いしたら、花の絵まで添えていただきました。
どうもありがとうございます。

診察室で彼らの曲の流れる機会がますます増えていきそうです。

201009211255174624.gif連休中、宮崎まで足を運んで「古代カルタゴとローマ展」を見に行きました。
全国各地を巡回している同展も九州での開催は唯一宮崎だけ。
昨年から心待ちにしていましたので、口蹄疫問題があったものの期間を少しずらして開催にこぎ着けることができたこと、うれしく思いました。

すごいなと思ったのは一辺が 5m前後ある巨大なモザイク画。
チュニジアの展覧会にモザイクは外せないアイテムではありますが、よくこんな大きくて重たい物を持ってきたなと感動しました。
描かれているのが地中海の島々という、ちょっと珍しいモチーフのもので、モザイクばかりを集めた本国のバルドー博物館にもこのタイプのものはなかったのではないでしょうか。

様々な文化の花開いたチュニジア、やっぱり魅力いっぱいです。
またチュニジアに行きたくなりました。

昨年のGW期間中に訪れたチュニジアの市場では刈り取られたゼラニウムが山積みになって売られており、荷台にいっぱい積んでいるピックアップトラック ( ISUZU ブランドが結構走っています ) を何台も見かけました。
聞くと、ゼラニウムウォーターを作るために売られているそうで、蒸留装置がある家庭が多いんだとか。
ミント、ローズマリー、ラベンダー、サフラン、セージなどは地中海が原産で、それらのハーブに恵まれたチュニジアはアロマテラピーの発祥の地とも言われています。
アフリカと聞いて日本人が抱くイメージとは随分かけ離れた、魅力のいっぱい溢れた国です。
ちなみに、当ブログのバナーに使っている写真もチュニジアのスベイトラで撮ったモザイク画なのです。

2010052208545513320.gif自宅の庭にもゼラニウムが植えてあるものの観賞するだけでしたが、旅行で触発されて今年はゼラニウムウォーター作りに挑戦してみました。
一番の問題だったのは蒸留器です。
以前ある焼酎の蔵元に行った時、竹筒を使って簡単な蒸留装置が作れると教えてもらったこともありましたが、適当な大きさの竹筒を手に入れることが適わず、結局市販品を購入。
単純作業ながら初めてのことで多少戸惑うことはありましたが、しばらくして台所にいい香りが漂ってきた時にはささやかな感動が。
でき上がったゼラニウムウォーター、チュニジアの人を真似て生活のいろんな場面で活用してみたいと思います。

2010040323160818443.gif案内をいただいていたこともあって、昨日の吉嶺史晴さんのコンサートに行ってきました。
昨年に引き続き、マリンパレスかごしまのチャペルでのリコーダー2管による演奏。
今回は本村睦幸さんとのデュオで、バロックから現代作、そして吉嶺さんのオリジナル作品まで、チャペルという限られた空間のわずか70人ほどの聴衆の一人として贅沢な時間を過ごさせてもらいました。
音楽の歴史の勉強にもなったし、こんな奏法もあったのかと新たな魅力を感じもしました。

お二人とも私の中学の先輩にあたるようですね。

当ブログではほとんど診療所のことと医療に関することしか書いてきませんでしたが、これからはプライベートなこともちょっとずつ綴っていこうと思っています。

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