野口内科 BLOG

  鹿児島市武岡に開業して42年の野口内科です。
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傷寒論

 ◆ 診療所ライブラリー 110 ◆


飯嶋医療や介護・健康に関する本ばかりの外来の書籍スペースに、500ページを超える小説を置くかどうかはこれから検討しますが、皆さんにどうしても読んでいただきたい本なのでこのブログで先に紹介します。

狗賓童子の島」。
吉村昭を彷彿とさせる妥協を許さない綿密な取材による描写に相当の時間を要するのは毎度の事で、飯嶋和一の6年ぶりとなる渾身の作品です。
主題は1867年に起きた隠岐騒動になりますが、それを描き出すために大塩平八郎の乱まで遡るという壮大な構成には恐れ入ります。

物語もさることながら、私が興味を引かれるのは医学に関する細やかな表現です。
前作「出星前夜」でも漢方薬を使う場面が出てきました。
今回はさらに傷寒論にまで言及し、幕末に隠岐諸島でも流行ったコレラや麻疹の治療にあたる様子が描かれています。
また、種痘についてもその接種法の子細に至るまで調べ上げています。
小説としての面白さも逸品ですが、医学の歴史資料としても十分に役立つ側面も持ち合わせています。
とても勉強になりました。

どの作品をとってもハズレなし。
飯嶋ワールドにこの小説で触れてみてはいかがでしょうか。


こちらも参考に → 「飯嶋和一を読む

  → 狗賓(ぐひん)童子の島

スルカインという薬のちょっと古い添付文書の効能にこんな文章を見つけました。

「胃炎に伴う胃痛、嘔気、呑酸・嘈囃及び胃部不快感」

嘈囃」??
「そうそう」と読むそうです。
消化器を主な専門にしていながら、全く知らない言葉ですし、知らない症状です。
でもちゃんと添付文章の臨床効果の欄に「呑酸・嘈囃に対する有効率 85.4% ( 176 / 206 )」と書いてあるではないですか。( → こちら )
しっかり効果を調べたからにはそういう症状が存在するのは間違いありません。

しかし、辞書で調べても単語としては見つけられなかったので、それぞれの漢字の意味を探ってみました。

 嘈  さわがしい。かまびすしい。やかましい、またその声。
 囃  はやし。かけごえ。歌や舞を助ける声。歌に合わせて調子をとる鳴りもの。

胸やけ2何となく騒々しい声、と連想できそうですが、胃炎という消化器の症状としては全く理解できません。
効能書きの文章を改めてよく見ると、嘈囃の前は読点ではなく「・」。
呑酸 ( どんさん ) と連なった四文字の言葉のようで「呑酸嘈囃」で、胸やけを意味すると医学大辞典に載っています。
酸を飲んで、けたたましく大騒ぎをする・・。
確かに、鹿児島名産の黒酢など酸っぱいものを一気に飲むと、大抵の人はその刺激に思わず悲鳴を上げてしまいますよね。

ただ、嘈囃という二文字の言葉は中国医学の古典的書物にも見られ、これだけでも胸やけの意味になるようです。
傷寒論 ( しょうかんろん ) 」や「金匱要略 ( きんきようりゃく ) 」を解説した「類聚方広義 ( るいじゅほうこうぎ ) 」の中に「嘈囃胸を刺し」なんて文章も見られます。

対して「呑酸」ですが、逆流性食道炎が増えてきたこともあり、酸っぱいものがこみ上げてくることの意味に使われます。
しかし、漢字を額面通りに解釈すると「酸を呑む」です。
酸の流れる方向が逆のような気がしますけれども、胃酸がこみあげてくる症状を表すのに適切なのかどうか。
でも、「呑酸」=「おくび」( げっぷ ) とする辞書もあるようですね。

胸やけを患者さんがどのように表現するかを調査した報告があるのですが、むかむか・胃が重い・胸が熱い・胃が痛い・食欲がない、などバリエーションが多彩であることがわかっています。
昔の人達が、この胸やけを表現するのに苦労して落ち着いたのが「呑酸嘈囃」という言葉ではなかったか、と勝手に推論する次第でありました。

なお、最新の効能書きからは「呑酸・嘈囃」の文字は消え、かわりに「胃部不快感」に改まっていることを付加しておきます。
ということは、どんさんそうそう = 胃部不快感 !? 
 

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