野口内科 BLOG

  鹿児島市武岡に開業して41年の野口内科です。
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妙円寺参り

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前回に引き続き、武岡二丁目の街路樹を紹介します。

前回の道とおおむね並行する、市道水上坂横井線の一部で、第12回で紹介した道の続きとなります。

地図


街路樹は第12回の道と同じホルトノキで、道の両サイドに合計33本が植えられています。
500mの距離に比較して、数が少ない気がします。
低木としてはツツジ使われています。
ホルトノキは何度も紹介してきましたし、今年は天候不順のせいか実がついている木を見つけることができませんでしたので、別の視点でお届けします。

まずは、幹の部分の写真。
ノキシノブコケでびっしり覆われている木がいくつかありました。
自然の織りなすアートです。

樹皮


次に、道の東南端の武岡団地常盤口交差点付近の写真です。
ここには武岡には珍しい大きな道路案内標識があります。
武岡にはこの規模の標識がほとんどなく、初めて通るドライバーには非常に不親切な町です。
この標識は平成23年に市道武・武岡線が出来たときに備え付けられたもので、以前は小さなものしかありませんでした。
それは「武岡の端っこを歩く」の第37回で武岡団地常盤口交差点を紹介したときの写真に写っていますのでご参照下さい。
しかし、武岡の地元以外の人で「武岡ピュアタウン」と「武岡ハイランド」の区別がつく方ってどのくらいいるのでしょうか。

標識

それから、「武岡の端っこで歩く」の第38回旧街道 ( 薩摩街道出水筋 ) ではないかと紹介した道について。
一番上の地図で紺色に塗って示した部分です。
古い地図を手に入れて比べてみましたが、やはりこの道は武岡団地が整備される前からある道でした。
武岡団地常盤口交差点付近から紺色の道の東南端付近までについては、宅地として整備されてしまっていて街道の跡が全く残っていません。
ちょうど紺色の道と逆に膨らむカーブを描いて武岡団地交差点の辺りと繋がっていたようです。
写真はちょうどその三差路付近。
勾配が緩やかになった右手に旧道が分岐しています。
道の向こうには「武岡の端っこを歩く」第40 回で紹介した原良団地の配水池とNTTの鉄塔が写っています。

坂
道の両側にはやや狭い歩道があります。
10月末に行われる妙円寺参りの時は大勢の人が歩く道。
歴史ある道を普段のウォーキングにも活用してほしいと思います。

〈〈 武岡の端っこを歩く 35  水上坂 1 〉〉


10月の第4土日は鹿児島の恒例行事、妙円寺参り (妙円寺詣り・妙円寺遠行) が行われますが、避けて通れないのが急勾配で知られる最大の難所、水上坂 (みっかんざか)。
「武岡の端っこを歩く」というこのシリーズ、偶然にも今月この坂を登りきったところにさしかかりました。
どのくらいきつい坂なのか、写真でお伝えするのは本当に難しいものです。
右手には前回紹介した、名も無い公園が見えています。

2009100116470222139.gif













高校生時代、私はこの坂を毎日自転車を漕いで駆け上がっていたというのを信じていただけるでしょうか。
今やろうとしてもとても無理な話、我ながらよくやったものですね。


さて、折角ですので坂を下って常盤の町の様子を 2回に分けてお届けしたいと思います。
歩いてみて初めて分かることもあったので、皆さんも妙円寺参りの時などに注意してみて下さい。

今回は坂をずっと下って行って市営パス 2番線の終点、常盤バス停のすぐ脇にある日枝神社をまず見ていきます。2009100116573622705.gif
ここは幾度となく行き来している場所にも関わらず、今回初めてお参りしました。
建立は1504年とあり、境内には樹齢300年を超えるクスノキがあります。
実は、この神社は歴史上とても大切なポイントなのです。
島津の殿様が参勤交代の際にこの境内で旅の無事を祈願し神楽が奏されたそうですが、それにも増して注目すべきことがあります。
それは島津斉彬と西郷隆盛が初めて会ったのがここではないかということ。
「水上坂の藩侯お茶屋に御休憩の時」に出会ったとある本に記されているので、茶屋が一体どこにあったのか非常に興味があって調べていました。
この茶屋が日枝神社のさらに山の上の方にあったのではという説が有力であることを、歴史に詳しい方から間接的に情報をいただきました。( 建部神社の神主さん、ご協力有り難うございました )
今は神社から山へ向かう通路はどこにも見当たらないのですが、この山手からだと城下の町を見下ろしつつ桜島の眺めも素晴らかったのではないかと思います。
こんな歴史上大事なスポットを素通りしていたなんてもったいないことです。
そう言えば、今年は島津斉彬生誕200年にあたりますね。

2009100117023322642.gif日枝神社から武岡に戻る途中でたまたまこんな碑を見つけました。
ここに記されている八田知紀という人、全く知りませんでした。
私の父親は知っていましたが、この碑の存在までは知らなかったようです。
小松帯刀の和歌の先生だったようですが、興味のある方は是非調べてみて下さいね。
この碑は日枝神社から市道沿いに武岡方面へ歩いていくと左手の脇道の入口にひっそりと佇んでいますので、皆さん探してあてて下さい。
ちなみにこの脇道、「武岡の端っこを歩く 24」で紹介した場所に繋がっています。


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