野口内科 BLOG

  鹿児島市武岡に開業して41年の野口内科です。
  医療・健康に関する情報はもちろん、近隣の話題、音楽・本のことなどを綴ってまいります。

    診療時間 午前  9:00〜13:00
         午後 14:30〜18:30
    休診   日曜・祝日・木曜午後
    電話   099−281−7515
    住所   鹿児島市武岡二丁目28−4
         ▶▶▶ アクセスMAP
         ▶▶▶ バス路線図

常盤

〈〈 武岡の端っこを歩く 36  水上坂 2 〉〉


前回の場所から緩やかな勾配を少しずつ武岡のほうに戻っていきます。

200910211406435608.gif昔ながらの道で、区画整理もままならず拡張の難しい道ですが、ことさら車の離合に難渋するのがこの場所。
一見すると川がないのに小さな橋が架かっていることは、車で行き来する多くの方が存知だと思います。
実際には、川はちゃんとこの下を流れていて、その上にコンクリートで蓋をしているだけなのです。
今回、そのコンクリートの上に立って写真を撮ってみました。
これまで、西田側 ( 写真の右側 ) だけにあると思っていた橋の親柱。
確かに、写真手前の武岡側は欠けてしまっているのですが、向こう側にはブロック塀の一部と化してしまっているもののちゃんと存在していることが分かりました。
小さいですけど石橋なんですよね。


200910211407225491.gifさて、この橋のすぐ近くに阿弥陀像があるのをご存知でしょうか。
明治の初めに鹿児島で吹き荒れた廃仏毀釈の影響なのでしょうか、お顔は潰されてしまっています。
昔、ここには阿弥陀堂があって豊富な水量を誇る井戸があったそうです。
また、妙円寺参りの行き帰りにのどの渇きを潤す場所だったとか。
武岡の住宅街が造成された影響で、往時の湧水とは程遠いものとなっています。
ここから道は勾配が徐々にきつくなりますが、この場所より上にある坂だから「水上坂」( みっかんざか ) と名付けられたようですね。
先述のコンクリートの下に水は確かに流れているのですが、もう少し上流に向かうと一滴の水の存在も確認できませんでした。

この付近は、鶴丸城を出て最初の宿駅であり、阿弥陀様の向かいには御装束之門と呼ばれる参勤交代時の休憩場所もあったそうです。

歩くにはちょっときつくて交通量の多い道ですが、散策したら興味あるポイントがいくつもありました。
皆さんにも一度は歩くことをお勧めしますし、歴史ある道として整備するのも面白いのではないでしょうか。
明日から始まる妙円寺参りに参加する方も、歴史を感じながら水上坂を登ってください。

次回からは武岡に戻って、端っこを歩き続けていきます。
連載16回目から続いていた一丁目を離れ、いよいよ二丁目に入ります。

〈〈 武岡の端っこを歩く 35  水上坂 1 〉〉


10月の第4土日は鹿児島の恒例行事、妙円寺参り (妙円寺詣り・妙円寺遠行) が行われますが、避けて通れないのが急勾配で知られる最大の難所、水上坂 (みっかんざか)。
「武岡の端っこを歩く」というこのシリーズ、偶然にも今月この坂を登りきったところにさしかかりました。
どのくらいきつい坂なのか、写真でお伝えするのは本当に難しいものです。
右手には前回紹介した、名も無い公園が見えています。

2009100116470222139.gif













高校生時代、私はこの坂を毎日自転車を漕いで駆け上がっていたというのを信じていただけるでしょうか。
今やろうとしてもとても無理な話、我ながらよくやったものですね。


さて、折角ですので坂を下って常盤の町の様子を 2回に分けてお届けしたいと思います。
歩いてみて初めて分かることもあったので、皆さんも妙円寺参りの時などに注意してみて下さい。

今回は坂をずっと下って行って市営パス 2番線の終点、常盤バス停のすぐ脇にある日枝神社をまず見ていきます。2009100116573622705.gif
ここは幾度となく行き来している場所にも関わらず、今回初めてお参りしました。
建立は1504年とあり、境内には樹齢300年を超えるクスノキがあります。
実は、この神社は歴史上とても大切なポイントなのです。
島津の殿様が参勤交代の際にこの境内で旅の無事を祈願し神楽が奏されたそうですが、それにも増して注目すべきことがあります。
それは島津斉彬と西郷隆盛が初めて会ったのがここではないかということ。
「水上坂の藩侯お茶屋に御休憩の時」に出会ったとある本に記されているので、茶屋が一体どこにあったのか非常に興味があって調べていました。
この茶屋が日枝神社のさらに山の上の方にあったのではという説が有力であることを、歴史に詳しい方から間接的に情報をいただきました。( 建部神社の神主さん、ご協力有り難うございました )
今は神社から山へ向かう通路はどこにも見当たらないのですが、この山手からだと城下の町を見下ろしつつ桜島の眺めも素晴らかったのではないかと思います。
こんな歴史上大事なスポットを素通りしていたなんてもったいないことです。
そう言えば、今年は島津斉彬生誕200年にあたりますね。

2009100117023322642.gif日枝神社から武岡に戻る途中でたまたまこんな碑を見つけました。
ここに記されている八田知紀という人、全く知りませんでした。
私の父親は知っていましたが、この碑の存在までは知らなかったようです。
小松帯刀の和歌の先生だったようですが、興味のある方は是非調べてみて下さいね。
この碑は日枝神社から市道沿いに武岡方面へ歩いていくと左手の脇道の入口にひっそりと佇んでいますので、皆さん探してあてて下さい。
ちなみにこの脇道、「武岡の端っこを歩く 24」で紹介した場所に繋がっています。


〈〈 武岡の端っこを歩く 34  武岡一丁目 2番地付近 〉〉


武岡団地北公園からさらに北西方向に歩いていくと再び公園が現れます。
常盤方面から武岡へ進むと、どうしても避けて通れない急勾配で知られる水上坂 ( みっかんざか )。
それをほぼ登りきる直前に存在している公園ですが、名前がありません。

ここは近いうちに無くなってしまいます。
というのもこのところ紹介している市道「武・武岡線」に置き換わってしまうからです。
そのためなのでしょうが、現在この場所は草も刈られることなく荒れ地の状態です。
以前にも書きましたが、ここは随分昔からの計画で道路が出来るまでの命運だったものと考えられます。

下の写真は南東方向からこの公園に向かって迫り来る工事中の道の様子です。

水上坂の上り口には立体交差が出来る予定。
この付近の景色も車の流れも大きく変わることでしょう。



2009090916540512769.gif

〈〈 武岡の端っこを歩く 27  武岡一丁目・ピュア北公園付近 1 〉〉


前回の場所からさらに北西方向にまっすぐでほとんど勾配のない道を進んでいきます。
右手は視界がずっと開けていて景色を楽しみながら気持ちよく歩くことが出来ます。

道の突き当たるところに公園があります。
その名も武岡ピュア北公園。
2回に分けてこの付近の様子をお伝えします。

さて、ここにも階段道があって常盤の住宅街と繋がっているので、これまで同様降りてみることにします。
今までの道と違って坂もそれほどきつくなく短い距離で常盤にたどり着けます。
途中にあったのが遊具が二つだけのとてもこぢんまりとした水上坂公園。
「みっかんざか」は地元鹿児島の人間なら知らぬ者はいませんが、意外と漢字を知らない人は多いようです。

水上坂はまた別の機会にとりあげることにします。



photo-1_2.gif

〈〈 武岡の端っこを歩く 25  常盤一丁目 〉〉

地図の右下の地点、歩行者専用のトンネルをくぐって武・武岡線の北側へ行きますと、今度は下り坂。
常盤の町へ降りていくことができます。
平成19年10月からこのあたりは常盤一丁目と住居表示が変更になりました。

坂を降りながらびっくりしたのは右手にいくつかある防空壕。
近所の方が駐車場や物置代わりに使っているんですね。
鹿児島には防空壕がいっぱい残っていましたが、あることをきっかけにして入口が次々と封鎖されています。
こういう活用法もあるんだと感心しました。

住宅の合間を縫うように車がやっと通れる細い道を辿ると、普段よく使っている市道水上坂横井線に出ます。
へえ、こんなところに繋がっているんだと思いながらしばらく交通量の多い道を西へ歩き、再び南側の細い道に入ります。
だんだん勾配がきつくなり、カーブしたところで目にしたのが写真の光景。(地図 A)
シラスの崖が崩れないようにコンクリートで固めた法面は見事なまでに苔で覆われていました。
このあたりは肌にジメッと感じる湿度がこもっていますし、山と山に挟まれて日照時間がかなり限られると思います。
条件が揃って、美しくきらめくモスグリーンの壁が完成したのでしょうね。
この壁を楽しみながらきつい坂を上り詰めると、地図の左下の地点で市道武・武岡線に戻れます。


さて、脇道探検は終わりにして再び武岡の端っこをひたすら歩いていくことにします。
 


photo_1.gif

↑このページのトップヘ