野口内科 BLOG

  鹿児島市武岡にある野口内科です。
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過去のお勧め記事 → ほらね、やっぱり

阪神淡路大震災

1月17日、阪神淡路大震災から22年目を迎えました。
何かと慌ただしい年末年始だったので、震災を経験した私でさえ、直前までそのメモリアルデーが近いことをすっかり忘れていました。
そのくらい長い時間が経過したのだと思いますが、目に焼き付いた光景は褪せることなく蘇るのもまた事実です。

わ昨年は4月14日と16日に熊本地震があり、鹿児島に住む我々もその揺れを体感しました。
あまりに大きな自然の力を目の前にして、自分は一体何ができるのだろうかと無力感にひしがれます。
でも、一人一人の力は小さくとも、それが合わさることで大きく事態は動きます。
阪神淡路大震災の時、私はがれきを片づけたわけでもなくライフラインの復旧に携わったわけでもありません。
医師として医療を要する人を全て診たわけではありません。
その中のほんの一握りの方々に可能な限り接しただけです。
皆がそれぞれの役割を持って動かした小さな歯車が噛み合って、復興へ向けての大きな力になったのです。
人と人のつながりが固いほど、そのパワーも無駄なく強力なものになると思います。

震災で負った心の傷を癒すのにも、そういう絆が大切だと感じます。
その輪の中からこぼれ落ちることなく皆が日常を平穏に過ごせるようにするのは、阪神淡路大震災以降、熊本地震に至っても大きな課題となっています。
過去の災害を教訓にしながら、知恵を出し合っていく努力を弛ませることがあってはいけません。

そういうことを今回の地元テレビ局の取材で言いたかったのですが、咄嗟にうまく表現できなかったので、改めて書かせていただきました。
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熊本地震の前震から20日ほどが経ちました。
阪神淡路大震災を教訓として、大規模災害時の対応は進歩を遂げています。
しかし、まだまだ不十分な点もあるように思います。
そのうちの2点について考えます。

今回は、震度7に二度襲われた益城町を始めとして熊本城や南阿蘇村など、絵になる場所に報道が集中しています。
救援物資の供給やボランティアなど支援の偏在が問題となっていますが、この報道の偏りに因るところが大きいと思います。
先日、大分県竹田市の方と話す機会がありました。
自宅の離れの物置が半壊状態になったり食料品などが一時不足したりがあったそうですが、全く見向きもされない状態に少々憤りぎみでした。
阪神淡路大震災の時も、被災地は広いエリアに及ぶのに長田区にばかり報道が集中していた気がします。

トイレまた、避難所のあり方もどうでしょう。
地震による災害では多数の方が損壊した自宅に簡単には戻れず、長期にわたる避難生活を強いられます。
プライバシーへの配慮もなく空調設備もない硬い床の上で身を寄せあって過ごすのは、かなりのストレスとなるのはわかりきったこと。
そして仮設のトイレ。
私も阪神淡路大震災の経験しましたが、びっくりしますよ。
排泄物とほぼ同量の紙が便器から溢れるように山盛りになっていたりします。
臭いもひどく、とても用を足す気にはなれません。
水分摂取が十分でない女性が多いのも、ノロウイルス集団感染が出たのも、劣悪なトイレ環境に起因するのではないでしょうか。

今後も起こるであろう大規模災害に向けて、このような課題への対策を考えておくべきです。
被災者をサポートする立場の人たちもまた被災者です。
起きてからの対応が後手後手に回ってしまうことは極力避けたいものです。

だんそー4月14日から続く熊本を中心とした一連の地震で、被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。
余震の回数が半端ではなく震源域が今後も広がっていく予想もあるため、落ち着かないでしょうし、復旧の妨げとなる懸念もありますね。

九州の南部に位置する鹿児島でも物流がやや滞りがちで、店に行くとミネラルウォーターやパンが品薄になる一方で、地元新聞によると普段はほとんど売れないヘルメットが1日に100個も売れたとか。

阪神淡路大震災を経験した私は、このブログでも災害について触れることが何回かありました。
伝えるべきことを伝えても、それを備えにつなげてくれる人が多くないのは常に残念に思っていました。
大きな災害が身近で起こって慌てて準備に走り、欲しい物が入手しづらい状況を目の当たりにして青ざめても遅いのです。

一人暮らしを始めた時の懐中電灯とラジカセとマッチとろうそくが手元に置いた最初の防災グッズ。
94年の琵琶湖の渇水に伴う取水制限時にポリタンクを買ったのですが、そこまでする必要はないと周囲に嘲笑されたものでした。
でも、これが翌年に起きた阪神淡路大震災の時に大助かりだったのです。
その後、事あるごとに様々なグッズを買い増しており、昨年はヘルメットを購入しました。( → 東日本大震災から4年 )
家族が最低3日間過ごせる分の水や食料も常に維持しているのですが、今回の熊本地震の様子を見ていると3日では不十分のような気がしてきました。
防災への備えを更に充実させたいと思っています。

被災された人たちに何らかの手を差し伸べることは大事です。
それと同じくらい、自分たちはどう備えるべきなのかを改めて考え直す機会にしていくことも大事なのです。

防災明日、阪神淡路大震災から21年目を迎えます。
先日、成人式を迎えたのはもう震災を知らない世代になってしまいました。

昨年、震災20年にあたり地元テレビ局の取材を受けました。
その際に、防災グッズを常に枕元に置いているという話がクローズアップ。
テレビを見たよ、と声を掛けてくれる人が案外多かったのですが、話を聞いてみると皆さんそういう備えをしていないことに私自身が驚きました。
東日本大震災があっても、桜島の噴火警戒レベルが上がっても、鬼怒川が氾濫しても、危機感を持たないようなのです。
我が家族はその都度話し合って、災害時の連絡手段や集合場所の確認、防災グッズの確認や追加などを行います。

震災時に住んでいた場所は水道がしばらく使えました。
それを知って水をもらいに来た知り合いがいます。
てっきり18リットルのポリタンクを持ってくるのかと思っていたら、やかんと鍋を数個…。
改めて備えの重要性を強調しておきたいと思います。
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 ◆ 診療所ライブラリー 107 ◆


震災医療私の大先輩が病院長として直面した災害医療現場の記録を、阪神淡路大震災から20年を迎えるにあたって本にまとめました。
様々な場面でトップとして次々に決断を下しながら、未曾有の事態を乗り越えていく様子が伝わります。

神戸の御影の山手にあるレトロな佇まいで普段はのんびりした印象の病院が、震災時には最も多くの患者を受け入れ、ヘリコプターによる患者の搬送数も突出して多かったことはこの本を読むまで知りませんでした。

災害マニュアルについても言及しています。
マニュアルは大まかなものでよく、細部については指揮官がその時の災害の状況などを把握してもてる力をフル稼働する方法を考えることが大事だと説いています。
このことは私が先月ブログに書いた考えと軌を一にするものですね。( → 阪神淡路大震災から明日で20年 )

また、お風呂の重要性も。
何日も働き詰めのスタッフが入浴できたことで再度活気が出てきたことに触れています。
風呂に長時間は入れないのは本当に苦痛なことで、テレビやラジオが伝える銭湯の営業状況などは、被災者に有難がられたものでした。

最後にまとめられた災害医療への提言は、最も過酷な現場を経験したからこその重みがあります。

  → 震災医療 現場からの報告と提言

地震明日で阪神淡路大震災から20年の区切りの日を迎えます。
わずか15秒の揺れでしたが、私は今でもその時を鮮明に覚えています。
わずか15秒の揺れでしたが、20年経った今でも傷を癒し切れない人達が大勢います。

振り返るとあの震災は多くの教訓を残しました。
DMAT ( 災害派遣医療チーム ) や災害伝言ダイヤルが作られるきっかけになったはあの震災です。
PTSDに対する心のケアの必要性が認識されるようになったのも、トリアージや災害救助犬の重要性が認知されるようになったのも、危機管理や黄金の72時間という言葉が広まったのも、あの震災がきっかけです。
教訓から学んだことを活かして今では当たり前に生きているものが、ここに挙げたこと以外にも数多くあります。

阪神淡路大震災以降にも多くの大災害や大事故が続き、その都度知見は蓄積されてきました。
しかし、災害が全く同じパターンで起こることはありません。
いざ災害に遭遇した時に、その知見をなぞっているだけではだめで、応用して賢く振る舞う必要も出てきます。
過去の経験が無駄だということではありません。
経験は強みです。
20年経って震災を知らない世代が増えてきました。
経験した者がしっかりと語り継ぎ、知らない世代がそれを学び、後々の世代において何が起こっても被害が最小限で済むように。
そう願っています。
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≪ 過去記事ウォッチング 13 ≫


ムスカリ明日、1月17日で阪神淡路大震災から19年となります。
早いものです。
知らない世代も増えてきているので、語り継いでいくことも大切かな、と思う今日この頃です。

さて、このところ「ジェネリック医薬品を考える」や「風邪薬についての考察」などのシリーズの記事へのアクセスが多い中、東日本大震災が起きて間もない頃に書いた記事にアクセスが増えてきています。
理由はよくわかりません。
それは、「ムスカリの花言葉に込めて」。
月に2回書いている「薬の説明書のイラスト」シリーズの一つなのですが、ムスカリの花言葉をつなぎ合わせて被災者への応援メッセージを作ったものです。
その中で「時間はかかりますが、希望の光は少しずつ皆さんを照らし始めます」なんて書いたのですが、遅々として進まない復興。
日本の行政はどうしてスピード感に欠けるのでしょうか。

桜島明日で阪神淡路大震災から18年が経ちます。
また、12日は桜島の大正噴火からちょうど100年目であり、その前日に大規模な総合防災訓練が行なわれました。

阪神淡路大震災は多くの犠牲者や甚大な被害を出したにも関わらず、その年の十大ニュースのトップに地下鉄サリン事件を挙げる人が多かったのには残念な思いでいました。
でも2011年の東日本大震災は人々の認識を変える大きな契機になったようで、先の桜島の訓練も真剣味があったようです。

普段から災害に対する心構えが大切であることは言うまでもありません。
疾患も同じ。
普段の生活習慣や予防接種などで防げるものはいくらでもあります。
後悔することのないよう、やるべきことはしっかりやりましょう。

AED9月9日は救急の日。
それに合わせて鹿児島市と鹿児島市医師会は毎年救急医療市民講座を開いています。
今年は特別講演の後に救命救急士による心肺蘇生法の
体験実習が行われます。
いわゆる心臓マッサージだけでなく、自動体外式除細動器 ( AED ) の使用法も勉強できます。

阪神大震災を経験した神戸市では市民救命士の認定を受ける人が2割以上いるとか。( → 阪神淡路大震災から15年 )
鹿児島でも多くの方が救命のノウハウを身に付けていただきたいと願っています。

今年の救急医療市民講座は
 □ とき  9月2日 (日) 午後2時から ( 9日ではありません )
 □ ところ 鹿児島県医師会館4階大ホール
入場は無料です。

 

 ● 薬の説明書のイラスト 133 ● 


今回の薬の説明書のイラストに選んだのはビスケット。
2月28日はビスケットの日なんだそうで、これは江戸時代の蘭学者で医師でもあった柴田方庵が保存食としてビスケットの製法をオランダ人から学んだことにちなんでいるようです。

そういえば、皆さんご存知のビスコの保存缶の売れ行きが好調だとか。
これは東日本大震災と無関係ではないでしょう。
私は阪神淡路大震災を経験しましたが、時間が経つと防災に対する意識が薄れてきます。
何が起こっても大丈夫なように最低限の備えは心がけておきましょうね。


 ビスケット

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