<< 宿便について考える 第九回 >>


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このシリーズの初回

 ① 宿便性潰瘍という名称の疾患がある
 ② 有名出版社から出ている看護師向けのコンパクトな本に「宿便の正体は ?」なる項目がある
 ③ ある漢方薬の効能及び効果の欄に宿便の文字を見つける

ということを書きながら、何の説明もしていなかったので今回はその話です。

♦♦ 宿便性潰瘍という疾患

まず ① の宿便性潰瘍について。
これは、頑固な便秘や腸の閉塞が元で硬くなった便によって長時間大腸の壁が圧迫される結果、虚血状態となり潰瘍を生じるものです。
20年以上臨床に携わっていますがまったくお目にかかったことのない希な疾患です。

さて、この疾患、英語で " Stercoraceous ulcer " と言うようですが、この " stercoraceous " とはどういう意味でしょうか。
調べてみると " consisting of, resembling, or pertaining to dung or feces " とか " consisting of or relating to excrement " とあります。
「便に関連した」と言う意味合いで、直接的に便秘を表現したものではないようです。
さあ、これを誰が「宿便性」と日本語に訳したのでしょうか。
これはさすがにたどり着くには至りませんでした。
この疾患はあくまでも硬い便で腸壁が長く圧迫される結果起こるものです。
ですから、訳した人は宿便という言葉を「腸の壁にこびりついた便」という、現在誤って流布されているような状態とは全く考えていなかったこともわかります。

♦♦ 看護師向けの本なのに、とんでもないことが…

② の本に書かれている内容について。
ここには
「宿便とは、腸管内容物が何日も腸壁にべったりと張りついたり、腸管の蠕動運動の障害によりたまった古い便のことで、腸腺窩にのり状にくっついている消化吸収されたあとの残りかすである。高熱や脱水などで起こりやすい」さらに「宿便をとるためには、輸液や腸洗浄を行なう」と書かれています。
( ナースのための図解からだの話 p 92 )
ここに定義されているような宿便はあり得ないと既に説明しました
さらに、腸洗浄としてイラストで書かれているのは高圧浣腸と呼ばれるものなのです。
この浣腸は「私は宿便です。治療してください」と言われてやるような類いの医療行為ではありません。
通常の浣腸よりは大腸の奥の内容物を排泄できるため、成人においては大腸の検査前に行なうケースが以前はあったようですが、現在ではそんな前処置はしません。
また、宿便というものが先の「宿便性潰瘍」のような状態を指すのであれば、浣腸が原因となって腸管を穿孔させてしまう危険があるので絶対にやってはいけません。

医療関係者の書いた本でも間違いは多々あります。
特に専門外領域について書く場合、他の著書を参考にしたりすると、その本に書かれている内容が随分古くて今では否定されているようなものであったりします。
それを知らずに、そのまま引用して書いてしまうこともあります。
とある専門学校にて臨時で内科学を教えた時、そこで使用していた教科書の消化器の分野に誤った記載があちこちにあってびっくりしたものでした。

また、デトックスだ、腸内洗浄だと称して浣腸器具が売られていますが、浣腸を繰り返していると浣腸のような強い刺激でないと便が出なくなってしまいます。
死亡例も出ていますので、無謀で野蛮な行為はやめましょう。( 参考 http://www.supplerank.com/health_care/onai_contents/01.html )


この「宿便について考える」というシリーズ、数回で終わらす予定だったのに、今回で九回目。
書き始めて半年に及んでしまいましたが、いよいよ次で「宿便」とは何かに迫ってみたいと思います。
宿便の正体にたどり着くヒントは初回に紹介した
 ③ ある漢方薬の効能及び効果の欄に宿便の文字を見つけるに至り・・・
にあったのです。
次回へ


宿便について考える 第八回 「過敏性腸症候群の治療薬」
宿便について考える 第十回 「宿便とは」