<< 風邪薬についての考察 第10回 >>


酒をとことんあおっても平気な人もいれば、一口飲んで顔が赤くなってダウンしてしまう人もいる。
アルコールに強い人、弱い人がいるのは日常的にみなさんもよく承知されているのではないでしょうか。
これは、エタノールやアセトアルデヒドを分解する酵素の強弱に遺伝的な差異があるからです。

同じように CYP2D6 にも遺伝的な違い ( 遺伝子多型 ) があることがわかっています。
最も活性が強いほうから
  • Ultra-rapid metabolizer ( UM )  ( 代謝が超迅速に行われるタイプ )
  • Extensive metabolizer ( EM )  ( 代謝活性が正常に行われるタイプ )
  • Intermediate metabolizer ( IM )  ( 代謝が低下しているタイプ )
  • Poor metabolizer ( PM )  ( 酵素活性がないか極端に低いタイプ )
という名称がつけられています。
右側に私が勝手に解説を加えていますが、標準は EM です。

日本人において、CYP2D6の活性が欠損している PM の方は1%に届かないようですが、活性が十分でない IM の方が 40% 程度いると言われています。

PM の方が PL顆粒を服用すると2日間ほどは眠気でふらふらするそうです。
居眠り2008年1月14日、月山第二トンネル内でバスの運転手が気を失い、乗客がうまくバスをコントロールして事無きを得たという事故がありました。
当時は睡眠時無呼吸症候群が注目されていた時期でしたけれども、この運転手の場合は風邪薬を服用していたと後に報道されていました。
その報道を聞いた時は、風邪薬でそこまで眠りこけてしまうものなのかと訝しく思いましたが、CYP2D6 の PM だった可能性が高いのでしょうね。

CYP2D6 の遺伝子多型は一般的ではないですが、依頼して調べることが可能です。
乳癌治療薬であるタモキシフェン
主にこの酵素で代謝されますが、使用前に予めこれを調べるサービスもあります。
しかし、タモキシフェンは他の酵素でも代謝されますし、どこまで有用かはよくわからないというのが現状です。
EM であったとしても、例えパロキセチンを服用していれば作用が減弱してしまいますしね。( → 文献
そういうコストのかかる検査を受けなくても、ある程度推測は可能ではないかと思います。
というのも、風邪薬は日本国民の大多数が使用経験があるはずですから非常に手がかりが掴みやすいのです。
風邪薬で眠くなる方は IM か PM の可能性が十分にあるわけで、CYP2D6 が代謝に絡む他の薬剤にも十分気をつけなければなりません。
医者の側もこの情報をしっかり聞きだして処方する際に役立てたいものです。
CYP2D6 が代謝に絡む薬剤には副作用として抗コリン作用のあるものが多いですからね。

また、これも日本人では 1%未満ですが、UM の方では薬が早く代謝され過ぎてさっぱり効いてくれないのです。
逆に、前回も触れたように咳止めの作用のあるコデイン系の薬は CYP2D6 で代謝されて初めて薬効を発揮しますので、UM だとこの代謝産物の濃度が急速に上がってしまい、場合によっては中毒死するという報告もあります。
英国では市販の風邪薬にコデイン関連成分を使うことを厳しく制限しています。
対して日本では、授乳中の母親がコデイン系薬剤を服用した場合に乳児の血中濃度上昇が懸念されるため授乳婦のみ使用禁止が通達されているものの、後は野放し状態。
風邪薬は日用品と同様にネットでも大量購入ができてしまいますが、本当に怖いですよね。

次回は、風邪薬について他国との比較をしてみたいと思います。


 ⇨ 第9回 「CYP2D6からPL顆粒を考える その1

 ⇨第11回 「小児に風邪薬を使わない海外の事情」