◆ ABH - 口の中にできる血豆

ABHAngina bullosa haemorrhagica (ABH) という疾患があります。
名前を聞いてもピンと来ないでしょう。
一般の方は当然としても、医師にもあまり知られておらず、医学部の学生時代に習ったこともありませんし、日本語名すらないという疾患です。
この疾患、簡単に言うと食事中に口の中に血豆 ( 医学的には血疱〈けっぽう〉と言います ) ができる病態なんです。

医師にも十分認知されていない疾患ですが、悩んでおられる方は潜在的には多いのではないかと考えられます。
ツイッターで「口の中 血豆」というキーワードを使って検索すると、1日にいくつものつぶやきがヒットします。
このコラムへのアクセスも毎日多数に及びます。
しかし、病院を受診される方は稀なので、医療者側がその実態を十分に把握できていないのが現状です。

実は、私はこの疾患を随分昔から持っています。
インターネット上でもあまり多くの情報を得られませんし、ましてや正しい内容のものが少ないので、自身の経験を踏まえながらこの疾患を解説してみたいと思います。


◆ どんな条件で口の中に血豆ができるのか

煎餅まず、発生するのはほぼ食事を摂っている最中で、舌や頬を噛んでいなくても起こります。
豚カツなどを口の中でモグモグしている際に、揚がったパン粉が口の粘膜にチクリと刺さるような痛みに襲われます。
するとその部分が瞬く間に膨れてきて赤黒い血豆が形成されます。
揚げ物以外にも、せんべいやピザの焦げた部分、ナッツ類、小魚のおつまみ、大学イモ、エビの殻、ソフトクリームのコーンなどで血豆ができたことがあります。
硬くてカリカリしているような細かいかけら状のものであれば、何でも原因となり得るようです。

この血豆は、文献上では軟口蓋部分にできやすいとされています。
私の場合は、歯肉、硬口蓋、頬粘膜、舌など口の中の至る所にできますが、軟口蓋の部分にはあまりできません。
なお、舌については側面および口腔底側 ( 舌の裏側 ) にはできますが、表側にできた経験はありません。

( ※ 硬口蓋は、口の中の上の壁のうち、骨があって硬い部分。軟口蓋は、硬口蓋よりも後方の柔らかい部分のことを言います。)


表面を覆う膜 ( 被膜 ) は結構頑丈なので、血豆が簡単に潰れることはありません。
そのため、何もしないで放っておくと1-2日はそのまま残ってしまいますが、やがて自然に潰れて中に貯まっていた血が流れ出てきます。
血豆がある時も痛みがありますが、潰れた直後の痛みが一番つらいですね。
被膜が剥がれてびらんと呼ばれる傷となり、やがて跡を残さずに治っていきます。

なお、軟口蓋部分ののどちんこに近い部分にできると、物を飲み込む時に陰圧となる影響を受けて、被膜の中に溜まる血液が増えて次第に大きくなる上に、血豆がのどの奥の方へズルズルと這うようにずれていくことがあります。
血豆がずれていく時はたまらなく痛いです。

ちなみに、血豆が大きくなって呼吸困難をきたした症例も報告されています。


◆ ABHの原因は・・・

なぜこのような血豆が形成されるのか、残念ながら原因ははっきりわかっていません。
私の場合、血縁者にABHを持つ人は全くいませんので、遺伝性はないと考えています。

熱いスープ熱で口腔内の粘膜が脆弱になることも一因とされています。
確かに、私は熱い物が大好きで、みんながフーフーして冷ましながら飲むお茶も平気です。
自分自身をよく観察してみると、熱いものを食べた際に血豆ができやすい傾向があるように思います。

文献上では、中年以降に多く、口腔アレルギーとの関連が言われていたり、ステロイドの吸入剤を使用している人に多いなどとされています。
しかし、私の場合、少なくとも中学校の頃には既にこの疾患に悩んでいたと記憶しています。
一部のエビに対しするアレルギーを持っていますが、吸入ステロイドは使用していません。


◆ ABHの予防と治療

原因がわかっていないので、残念ながら確かな予防法はありません。
慌てずゆっくり食べろ、と指導する以外にないのですが、実際にそれは無理です。
原因となりそうな食材を食べる時に注意深くゆっくり噛んでいてもチクリ、と感じて血豆ができるケースもしょっちゅうです。
生きていくために摂食行動は欠かせませんので、根本的な予防法はないと考えて下さい。

ただ、ここ数年、私は熱い物を控えるようにしているのですが、それが奏功したのか発生頻度が明らかに減ってきました。
このブログを読んで当院へ来院される方に尋ねると、熱い物が好きという答えが返ってくることがほとんどです。

治療法も確立していませんし、この疾患をしっかり理解しているのも一部の耳鼻科や口腔外科の医師に限られ、病院に行っても特別な処置をしてくれるわけではありません。
そこで、私なりの対処法を紹介しておきたいと思います。

爪楊枝それは、できた血豆を爪楊枝でさっさと潰してしまうという荒技です。
先ほども述べたように、被膜は案外丈夫なので簡単には潰れませんし、場所によってはかなり痛いですけれども、頑張ってみましょう。
( 中にはアイスピックで潰してしまうという方もいらっしゃるようです。)
潰した後は中から血が出てきますが、基本的に血豆に貯まっている分だけしか出てきません。
ただし、血を残さないよう陰圧をかけるなどして絞り出すのが肝要。
少しでも残っていると治るのが遅くなってしまいます。
この処置が終わったら、アズレン系のうがい薬を使って1日に数回、口をゆすぎます。
アズレン系のうがい薬は、痛みを和らげ傷を早く治す作用を持っていますので、欠かせない作業です。
これで、1~2日の間に気にならなくなります。

最近は、うがい薬に加えて半夏瀉心湯を処方することが多くなりました。
半夏瀉心湯も、アズレン系のうがい薬同様に口の中の傷を早く治してくれる働きがあります。
両方を使うことで、痛みの緩和や治りが早いと好評です。
ただし、半夏瀉心湯の影響で便秘がちになることがあります。

血豆をそのままにしておくと、いつまでも痛いだけです。
やや乱暴な方法ですが、さっさと潰してしまうことをお勧めします。


◆ 日本語病名の提唱

個人的には、特発性食道粘膜下血腫という疾患との関連性はどうなのだろうかと注目しています。
内視鏡検査で、食道の入り口の手前の梨状陥凹という場所や食道に血豆ができている例に遭遇することもありすま。
いかんせんお目にかかるのが稀なので、今のところABHとの関連は見い出せていませんが、口の中も食道も表面の粘膜の構造は同じなので、口から食道にかけて発生してもおかしくないと考えています。

もっと多くの症例を集積して知見の積み重ねが必要な疾患だと思いますが、この ABH という疾患名は病態をしっかり表現しているとは思いませんし、日本語名がないのは残念です。
そこで、この疾患を個人的にも抱えている医師として、日本語の疾患名を提唱してみたいと思います。

突発性有痛性口腔内血疱

いかがでしょうか。


※ 2015年1月に書いた「口の中に突然できる血豆、ABH」に加筆して、新たに綴ってみました。


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