野口内科 BLOG

  鹿児島市武岡に開業して43年の野口内科です。
  医療・健康に関する情報はもちろん、近隣の話題、音楽・本のことなどを綴ってまいります。

    診療時間 午前  9:00〜13:00
         午後 14:30〜18:30
    休診   日曜・祝日・木曜午後
    電話   099−281−7515
    住所   鹿児島市武岡二丁目28−4
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インフルエンザ予防接種は10月1日から。65歳以上の方、60歳~64歳以上で心臓や肺に疾患のある方を優先します。



⑨ その他

本年3月1日に開催予定であった第5回鹿児島マラソンに引き続き、来年3月7日の鹿児島マラソンの中止も決まりました。
防府読売マラソンや名古屋ウィメンズマラソンなど規模を縮小して開催される大会もあるので、ちょっぴり期待していました。
しかし、本年の大会出場予定者に来年の大会の優先出走権を約束をしていたので密が避けられないことや、医療スタッフやボランティアの確保の見通しが立たなかったのが開催断念の原因となったようです。

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目標がないと普段のジョギングのモチベーションも違ってきますが、それにもめげず18日の早朝西之谷ダムの周回コースをジョギングしました。
3週目にさしかかった時、それまでなかった黒い物体が道端に転がっているのが遠くから見えました。
トラックが荷物を落としたのだろうか ?
最初はそう思っていましたが、近づくにつれそれが動物っぽく見えてきます。
タヌキ ? それとも・・・。
イノシシ01イノシシでした。
イノシシが這いつくばっていたのです。
その姿勢のまま、私の方をギョロリと一瞥。
でも立ち上がることもなく、そのままの姿勢でくつろいでいる感じでした。
あまりにおとなしくしているのでうっかり5mくらいの距離まで近づいていたと思いますが、慌てて道の反対側まで迂回してジョギングを続けました。

先週は地元武岡のマックスバリュ付近での目撃情報が映像と共にニュースになってました。
また、近くの介護施設付近出没するようですが、西ノ谷ダムに近いエリアなので、私が遭遇したのと同じ個体かも知れません。
今思うとちょっとゾッとしますが、皆さんも十分に気をつけて下さいね。

( 写真は以前学会で神戸を訪れた際に撮影したもので、今回のイノシシとは関係ありません )


新型コロナ流行は様々なところに影響が出ています。
我々は、医師会の生涯教育認定講座などを一定数受講する必要があります。
従来は、ホテルや会議室などに出向いて講演会・講習会に参加しなくてはなりませんでした。
3月頃から相次いで中止になっていたこれらの講演会も、先月あたりからはWeb開催という形で復活してきています。
今日もオンラインでの講演会があるので、時間を忘れないように自宅のパソコンの前にスタンバイする予定です。


さて、秋の風物詩として鹿児島に定着しつつある2つの音楽イベントがあります。

野外フェス一つは、今年で3回目となる予定だったグレートサツマニアンヘスティバル。( フェスティバルではなくヘスティバルで間違いないです )
桜島を舞台に2日間にわたって行われますが、今年は残念ながら中止となりました。
発表された、出演するはずだったアーティスト一覧をみてびっくりでした。
ACIDMAN・EGO-WRAPPIN'・岡崎体育・奥田民生・河口恭吾・氣志團・サンボマスター・湘南乃風・すかんち・スチャダラパー・聖飢魔Ⅱ・田島貴男・DJダイノジ・東京スカバラダイスオーケストラ・TRI4TH・Dragon Ash・のん・etc・・・。
凄いメンバーが勢ぞろいする予定だったんですね。( → こちら )

もう一つは、4回目となる鹿児島ジャズフェスティバル
鹿児島市内の各所で無料でジャズを楽しめるイベントで、私は毎年楽しみにしています。
今回は、何とオンラインでの開催となっています。
各地でイベントが中止となる中、アーティストたちの熱意に敬意を表したいと思います。
今度の週末、9月12日と13日開催です。( → こちら)

「銅壷の水は腐らない」

人類は随分古い時代から、の持つ抗菌・抗ウイルス作用を活用していたようです。
様々な金属イオンに抗菌作用があるのですが、その中でも銀や銅のイオンは人には安全なもの。
その作用に着目して、院内感染予防対策として病院のドアノブや手摺りなどに銅素材を活用している施設も増えてきています。


新型コロナウイルスの感染者が世界中で増えていますが、先月「 New England Journal of Medicine」に注目すべき論文が掲載されました。( → Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1 )
新型コロナウイルスがどのくらい生存するのかを調べたものなのですが

● 空気中では最長で3時間
● 銅・段ボール・ステンレス・プラスチックの表面ではそれぞれ 4時間・24時間・2~3日・3日

という結果が得られたようです。( 下の図はクリックで拡大します )
銅は新型コロナウイルスに対してもしっかり効果を発揮するようですね。

covid19-copper


というわけで、当院でも銅の活用をあれこれ考えて活用しています。
まず、ドアノブに銅箔のテープを貼り付けてみました。
不器用なので、シワなく貼り付けができないのはご愛嬌。
また、来院された方に使っていただくボールペンを真鍮性のものにしました。
真鍮は、銅と亜鉛の合金ですね。
会計の際に使うトレーも変更しています。

もちろん、銅の持つ作用を過信するつもりはありません。
普段からの予防対策も従来通り怠りなく行ない、少しでも皆様に安心して受診していただけるよう心がけていきます。

銅ドアノブ

鹿児島マラソン3月1日に開催予定であった第5回鹿児島マラソンの開催が中止となりました。

国内での新型コロナウイルス感染報告例が少しずつ増えていましたが、2月16日には北九州と熊本のマラソンが通常通り開催されたことと、九州では1例も発生していないという理由で、19日までは予定通りに行なう予定としていました。
しかし、20日になって福岡で九州の第1例目が報告されたことで風向きが変わってしまいました。

個人的にはこの日に向けて研鑽してきたのでちょっと残念ですが、賢明な判断だと思います。
当日、東京マラソンの中継を見ることができる、と前向きに捉えたいと思います。
そして、来シーズンに向けて、皆さん頑張りましょう。


3月に入ると大相撲やプロ野球が始まりますが、そういう興業に影響が出ないことを祈りたいと思います。
コンサートや舞台など閉鎖空間に数時間大勢の人が集まる場所も気掛かりです。


外来には、連日の新型コロナウイルスの報道を見聞きして過剰に心配される方がいらっしやいます。
しかし、まだ鹿児島では発症された方はいません。
手洗いを中心とした予防策をいつも通りにやって頂ければと思います。


診察室の机現在、診察室の机とその周辺を整理しながら模様替えをしています。

きっかけは、机の上に昔からずっと置いておきながら全く使っていない物が気になり出したから。
それは、ソフトテレカードという電話帳です。
住所や電話番号を記入するカードがまとめてあって、蓋の上にあるつまみを目的の名前の頭文字に合わせてボタンを押すとその必要な部分が開くというもの。
アナログな事務用品ですが、今でも売られていますね。
ただ、記載されている中身が余りにも古いものばかりでしたし、主な連絡先は受話器のワンタッチボタンに登録してあるので無用の長物となっていました。

それを撤去し、デスクトップモニタを置く机上ラックを買い、複数あったファイル類を必要性の高いものだけに限定して置き、引き出しの中身も使用頻度の低い物は別の場所に移動し・・・。
と、連鎖反応的に次から次に断捨離しながら整理整頓していっています。

まだまだ、進行中で終わりをみていませんが、少しずつすっきりしていく机周りを眺めるのが毎日楽しみです。

今回、お話を伺うまでホワイトリボンの活動というものを全く知りませんでした。
世界では、妊娠・出産などで多くの女性が命を落としていますが、そのような女性や赤ちゃんの命を救うためにスタートしたのがホワイトリボン運動なのだとか。

ホワイトリボンランは、3月8日の国際女性デーに連動して行われるチャリティーイベントで、当日行われるラン大会の参加費用の一部が、途上国の女性の命と健康を守る活動に使われるんだそうです。

このような素晴らしいイベントをもっと早く知っていれば、是非とも参加したいところでした。
しかし、今年は残念ながらスケジュールの都合がつきません。
その代わりと言ってはなんですが、わずかばかりですが協賛させていただきました。

当日のイベントで、この活動を多くの方に知ってもらい、支援の輪が一層拡がってくれることを願います。
走る皆さん、がんばって下さいね。


whiteribbon


1995年1月17日、午前5時46分に起こったことを話しましょう。

♦♦♦♦♦

震災当時、私が住んでいたのは神戸市の須磨の山手の方。
六甲山縦走大会ではコースの一部になっている場所にありました。


震災ドスンという大きな衝撃に眠りから覚めた思ったら、ベッドの上でいきなり水平に激しく体が揺さぶられ始めました。
ガチャガチャと大きな音を立てながら食器が次々に割れる音、本棚から本がバタバタと落ちていく音が聞こえてきます。
ベッドから振り落とされないように、必死でシーツを鷲掴みにするのが精いっぱいで、何もすることができません。
たった15秒の揺れでしたが、どれだけ長く感じたことか。
揺れが落ち着いた後、まるで大型トラックが何台も猛スピードで通り過ぎていくようなゴォーッという低い轟音が六甲山系の山を伝って東の方へ遠ざかっていくのが聞こえました。
山は鳴るのですね。

停電で、室内はおろか外の街灯も消えて真っ暗な闇が広がっています。
食器が割れるなんてとんでもない地震だ、震源は一体どこなんだろう‥。
真っ先に思ったのはこんなことでした。
怖さを感じる間はなく、ただ驚きしかありませんでした。

テレビが使えない中、地震の情報を得ようと真っ先に思いついたのが実家への電話。
母はもう起きている時間だからです。
電話機のある部屋まで、暗闇の中を床に散乱した食器や本などに足を取られながら進みますが、何回も余震が襲います。
途中で普段から用意している懐中電灯を手にしますが、電池が切れかかっていて淡い光を放つのがやっとの状態です。
ようやく受話器を握って連絡。
「今、大きな地震があったんだけど、震源は? 神戸の震度は?」
母に問いかけました。
母が慌ただしくつけたテレビから、アナウンサーの声が漏れ聞こえてきます。
京都や大阪の震度は伝わってきました。
「神戸は?」と母に聞いても情報が出ていないとの返事。
しばらくして「震度6」と母の叫ぶ声が響きました。( 震度7は、その後の現地調査等で結論づけられたものです )
電話をかけている間にも余震が繰返し室内を揺さぶります。
いつになったら揺れが収まるのだろうという不安感と、寒さから体がガタガタと震え始めました。

一旦電話を切り、次は実家に戻っていた妻への連絡です。
妻の実家の電話番号は電話機のメモリーの中。
しかし、停電でメモリーが使えません。
新婚8ヶ月目で、その電話番号を記憶していませんでした。
もう一度実家の母に電話して番号を確認し、何とか連絡が取れました。
一番聞き出したかったのがラジオの在り処。
停電の中、情報を得るのにはラジオが一番です。
しばらくの会話の後、トイレに行きたくなって電話を置こうとした時に「繋がらなくなるから切るな」と妻から言われたものの、いつまでも受話器のそばに座っているわけにもいきませんでした。
実際、その後は電話が簡単に繋がらない状況になってしまいました。

まだ明けきらない外の様子を窓越しに見ると、海に近い地域で炎がいくつか見えるではありませんか。
早く消火ができればいいのに、と眺めていましたが、その炎が昼を過ぎても衰えることなく続くとは、その時全く想像することができませんでした。

夜が明けて、室内の状況が分かってきました。
散乱した食器や本などを片づけようとしても、大きな妨げとなったのが、ホッとする余裕を与えることのない断続的に続く余震です。
本震よりも、この終わりの見えない余震の方が怖くてたまりませんでしたし、余震でまた散らかってしまうのではないかと考えると、片付ける意欲は削がれていきます。

幸運にも、午前8時半頃に停電が一時的に回復しました。
その時に急いでつけたテレビに映し出されていたのは、倒壊した阪神高速の高架やあちこちから上がる火事の炎と黒々とした煙‥。
自宅の被害とは比べ物にならない大惨事が、目と鼻の先で広がっている現実に驚愕したのでした。

♦♦♦♦♦

25年が経過しましたが、地震発生直後の記憶は褪せていません。
この後も様々なエピソードが続きますが、今回は最初の3時間ほどの部分だけを切り取って書いてみました。
震源地に近いものの、花崗岩でできた固い地盤の上に住んでいたのが幸いし、激しい揺れにも関わらず被害も大きなものではありませんでした。


さて、この数時間の行動の中に、災害に対する不備がいくつか浮かび上がりますが、わかりますでしょうか。

1. 床に割れた食器などが散乱している中、裸足で歩いたこと。
  ( 足で探りを入れながら進みましたが、よく怪我をしなかったものです。)

2. 懐中電灯は家にあったものの、電池が切れかかっていたこと。

3. 固定電話のメモリーは停電になると使用不能になると知らなかったこと。

4. ラジオの収納場所を知らなかったこと。


当時、携帯電話の普及はほとんど進んでおらず、家具の転倒防止を防ぐグッズも一般的でなかったことなどを差し引いても、様々な問題点がありました。


25年の節目で様々な報道がなされると思いますが、他人事と思わず、今一度災害に対する備えを確認する機会として下さい。

12月19日、当院の忘年会を催しました。
会場はいつもお世話になっているご近所のお寿司屋さん。
ポツポツと雨が降る中を、今年もたくさんの方々に集まっていただきました。
改めて御礼申し上げます。

お尻毎回行なっているプレゼントを競う余興については、今回スタッフに任せました。
若い目線で今年を振り返るクイズや絵心を競うゲームなど、よく練られていて楽しませてもらいました。
来年以降も任せてしまおうかな、密かに思っています。

そして、当院恒例の芋焼酎は、恒例の「村尾」「なかむら」に加え、「佐藤」と「魔王」でした。

「村尾」と「魔王」は差し入れていただいたもの。
最後のじゃんけん大会で勝ち残った方に持ち帰っていただきました。

いつものように美味しい料理をいただきながら楽しんでいただけたのではないかと思います。
関係者の皆様方、この一年いろいろとお世話になり有り難うございました。

防府読売12月15日、第50回防府読売マラソンを走ってきました。
50回という区切りの記念でもあり、川内優輝選手の通算100回目のレースということで注目度も高かった大会でした。

当日の受付もあり、鹿児島から日帰りも可能ということで参加を決めたのですが、スピード自慢のアスリートが多く集う伝統ある大会。
そして、これまで参加したマラソンと異なり、お昼からのスタートです。
それまでの間の栄養補給の仕方が手探りでしたし、周りのハイレベルな会話が耳に入ってきてかなり萎縮していました。

持ちタイム順にゼッケンがあてがわれ、その順に整列するので、走り出したら似たような走力の方々と並走するためストレスなし。
結果は、前回のおかやまマラソンから更に5分半程タイムを縮める自己ベストでした。
しかし、三田尻大橋交差点付近のアップダウン以降の最後の2kmで大きく失速してしまったのは反省材料です。
もう少し上手にレースを組み立てなければなりません。

7年前に防府天満宮や周防国分寺などを観光した防府。
今回は慌ただしく帰路についてしまいましたが、またゆっくり訪ねてみたいと思います。

当院の年末恒例のクリスマスイルミネーションを11月17日に設置しました。
雨天時以外、夕暮れ時から午後9時近くまで点灯いたします。
当院の近くを通る際は、ちらりと覗いてみて下さいね。

さて、当院入り口付近のサザンカとサツキにはイルミネーションとともにオーナメントも取り付けています。
下の写真は、サザンカの植栽部分のオーナメントの一部です。
年末にかけて次第にサザンカが咲いてきて、さらに色を添えてくれます。
その変化も楽しみです。

オーナメント




おかやまマラソン11月10日、第五回おかやまマラソンに参加してきました。

おかやまマラソンは、RUNNETというランニング専門サイトの2018年大会のランキング1位を獲得ましたけど、噂に違わぬ素晴らしい大会でした。

岡山は晴れの国と呼ばれるだけあって、晴天に恵まれ、様々な景色を楽しみながら走ることができました。
ほぼ等間隔に設置された給水ポイントは、スポーツドリンク・給食・水の順に並べられ、表示も分かりやすかったですし、シャインマスカットや千両なすの浅漬けは非常に美味しかったです。
ゴミの回収も随所にあって、途中で服用したスゴ飯のパッケージもすぐに捨てることができました。

大会前日の夕食も、走り終わってからの昼食も会場Expo内の出展ブースで調達。
玉野温玉めし・蒜山焼きそば・津山ホルモンうどん・笠岡ラーメン・蒜山ジャージーソフトクリームと思いっきり地元の食を堪能させていただきました。

個人的には、今年の第四回鹿児島マラソンの記録を6分短縮して自己ベスト更新。
しかし、あまり納得のいかない内容でした。
前日、食べ過ぎてしまったのが影響したか、途中で腹痛に見舞われ、トイレに駆け込んで2分ほどロス。
また、レースの前半、予定していたペース設定よりも速く走ったのが災いしたのでしょうが、35km以降で失速。
途中で何度も立ち止まりそうになったものの、沿道の熱い声援に支えられ、何とか完走させてもらった感じです。
ゴール前の写真に写った自分の姿を見ると、フォームは乱れ、顔に全く余裕が感じられません。
ゴールして、記念のタオルやメダル、記録証をもらい終わった直後に、足が攣って倒れ込んでしまい、しばらく車椅子のお世話に。
ネガティブスプリットで走った第八回神戸マラソンや第四回鹿児島マラソンの時のような達成感はなく、少し悔しさが残りました。
やはり、レースの組み立て方は大事だなと反省しきりです。

おかやまマラソン、また是非参加したいと思います。


ラグビーラグビーワールドカップも今日からいよいよベスト8の激突が始まります。
初めてベスト8に勝ち上がった日本、頑張って欲しいですね。

私は、ラグビーにさほど興味はありませんでした。
そもそも鹿児島自体あまりラグビーの盛んなところではありません。
全国高校ラグビーで鹿児島は一回戦を突破できるかどうか‥。

しかし、です。
浪人時代を過ごした東京の府中は東芝とサントリーの本拠地。
そして、20年間過ごした神戸にも神戸製鋼があり、選手たちをちょくちょく見かけることがありました。
鹿児島と違って医師仲間の間でも自然にラグビーの話が出ることが多く、いつのまにか意識するスポーツになっていました。
現在、患者さんに非常に熱心なラグビーファンがいることもあって、話題作りのためにテレビ観戦する機会が随分増えてきました。

そして、リオ五輪の7人制ラグビーでは鹿児島出身の桑水流裕策選手がキャプテンを務め、今回のワールドカップでも当院の地元である武岡から中村亮土選手が先発出場を続けています。
また、ワールドカップ前には南アフリカのチームが鹿児島でキャンプを張りました。

まだまだ、ラグビーが盛んとは言い難い土地柄ですが、少しずつファンが増えてくれると嬉しいですね。

体操着鹿児島県内でも1学期のうちに運動会を開く小中学校が増えてきました。
しかし、当院近隣の学校や自治会の運動会は相変わらず9月末から10月に開催されます。
なので、今が練習の真っ盛りなのですが、今年は9月に入ってから蒸し暑い日々が続いているため、体調不良になる子が多いようです。

様々な熱中症対策がとられるようにはなってきましたけど、気になるのが体操着の着用法。
近隣の学校では、体操着のシャツの裾をパンツの内側に入れることが指導されているようなのですが・・。

昨年、群馬県の中学教諭がある実験結果を発表しました。
それは、体操着の裾を外に出すと、体表温度が4℃も低くなるというものです。
こちらでその概要を確認してみて下さい。 → 体操着、裾を出せば4℃涼しい! 理科教諭が実験、「シャツ入れ指導」に一石

暑い時期はシャツを外に出して、体温を上げないようにするのが賢明です。
身だしなみや校則にこだわるブラックな指導は、このご時世、やるべきではありません。

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実は、私も普段のジョギングで、シャツの出し入れによって体温調節をしています。

例えば、9月1日に行なった計28kmのジョギング。
天気は薄曇りで、走り始めた午前7時台の気温は25℃程でした。
私は20km以上走るときには必ずウエストポーチを装着します。
シャツの裾は外に出していてもポーチのベルトでおなかのあたりを締めているため、この時は背中の汗が尋常ではありませんでした。
休憩を入れた際に、ベルトを直接肌に着ける形にして、シャツはその外に出しました。
それからジョギングを再開したところ、袖から風がシャツの中に入ってきて、背中の熱がどんどん取れていくのを実感。
一時は汗冷えを感じるくらいまでなったのです。

昨年の神戸マラソンや今年の鹿児島マラソンの際も、裾の出し入れで体温調節をしました。
神戸マラソンでは、スタート時の気温は13℃でしたが、整列した場所はビルの陰になっていて少し震えがきました。
走り始めると、日差しが強くて汗だくに。
8km程走ったところで、シャツをポーチのベルトの外に出しました。
スタート地点が寒かった鹿児島マラソンでは、途中からシャツを出したものの、海岸沿いでは風が肌寒くなってきたので、再びベルトの内側にシャツを入れ、また暑さを感じてシャツを出す・・。
そんな繰返しでした。

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このように、気温に応じた衣類の調節って案外大事で、パフォーマンスの維持・向上に一役買いますので、皆さんも是非試してみて下さいね。

( なお、ポーチのベルトを直接肌に着用すると、擦れて火傷を負うことがありますが、ワセリンを塗っておくと防げます。)


3回目となる鹿児島ジャズフェスティバル
鹿児島市内の各所で無料で楽しめるイベントで、今回は9月6日から8日までの3日間の開催でした。
私が普段からよく聴いているアーティストが複数出演することもあって、その生演奏に毎年胸が弾んでおります。

さて、気になる点がいくつかあります。
鹿児島の聴衆はおとなし過ぎるのは致し方ないとしても・・。

鹿児島中央駅や天文館公園などの場所で開催しているにも関わらず、イベントがあることを全く知らない人が結構多いこと。
広報周知にもう一工夫必要でしょうね。

一番気になるのが、若い人がとても少ないことです。
まわりを見渡すと年配の方々ばかり。
鹿児島はここまで高齢化したのか、と危惧しました。
しかし、鹿児島中央駅の会場からアミュプラザに足を踏み入れると若者がいっぱい。
ジャズというジャンルの音楽に興味がないのかどうかわかりませんが、一流のプロの生演奏を無料で聴ける滅多にない機会です。
来年以降は、ちょっとでも立ち止まって耳を傾けてみて下さいね。

鹿児島ジャズフェスティバル

もう解禁してもいいだろうなという診療現場の昔話を。

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食欲
エピソード その1。

胃潰瘍や十二指腸潰瘍を何度も何度も繰り返していた糖尿病患者さん。
ピロリ菌除菌の治療がようやく保険適用となり、さっそく除菌を実施して成功しました。
潰瘍の再発が全くなくなり、食事がおいしくなったと本人も大喜びでした。
でも、食欲が旺盛となった結果、糖尿病がたちまち悪化。
あえなく、糖尿病の教育入院となりました。

♦♦♦♦♦

しわエピソード その2。

慢性疾患で通院していた高齢女性。
眼科医に勧められ、白内障の手術を受けることに。
明るく、いろんな物がよく見えるようになったのですが‥。
見え過ぎて、自分の顔や腕のシワやシミをとても気にするようになりました。
自然と外出を控えるようになり、慢性疾患のコントロールも悪くなってしまいました。

♦♦♦♦♦

最初のエピソード、ピロリ菌除菌の威力を実感した症例でもありました。
この経験を踏まえ、除菌が成功した場合には、食事面でのアドバイスも可能な限り行うようになりました。

2例目、いくつになっても女性は女性ですね。
そして、全てがありのままに見えたり聞こえたりするのは、必ずしも幸せなことではないのかも知れません。
 

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