野口内科 BLOG

  鹿児島市武岡に開業して43年の野口内科です。
  医療・健康に関する情報はもちろん、近隣の話題、音楽・本のことなどを綴ってまいります。

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⑨ その他

早いもので、明日1月17日で阪神淡路大震災から24年目を迎えます。


昨日は、JR六甲道駅の復旧工事を描いたドラマ「BRIDGE」が放送されました。
24年って中途半端だなと思っていたら、関西テレビ開局60周年を記念して作られたものだったようですが、なかなかの力作でした。

横倒しになった阪神高速や線路がぐにゃぐにゃに曲がった阪神電車の映像が強烈で、当時の資料として今でもよく利用されています。
JRも同様に六甲道駅を中心に甚大な被害を受け、東海道本線の住吉駅と灘駅の間の不通が長らく続きました。
六甲道駅周辺には私の出身校である神戸大学の学生が多く下宿しており、学生や教職員44名が犠牲になっています。

その六甲道駅を特殊な工法でわずか74日で復旧させた工事を軸に、震災に遭った人達の心情も織り交ぜ、当時の映像もふんだんに盛り込んだ内容のドラマに、震災当時の記憶を重ね、目頭を熱くしながら見入ってしまいました。
片瀬那奈が歌った劇中歌もいい曲でした。

4月1日に東海道本線と山陽新幹線の不通区間が全線開通したのはしっかり覚えています。
なぜなら、その日に鹿児島で友人の結婚式があったからです。
明石の病院での当直明け、姫路から博多へ新幹線で向かい、福岡からは飛行機で飛び、午後からの披露宴に何とか間に合いました。
不通となっていた山陽新幹線の新大阪と姫路の間は、4月1日から営業再開予定だとする報道がなされていたにも関わらず、JRは確定したものではなく当日にならないとわからない、として新神戸駅からのチケットを頑なに売ってくれませんでした。
そのため、確実に鹿児島に戻れる手段として姫路からの新幹線乗車となった次第。
そういう逸話、震災による生活への影響の一場面として残しておいてもいいかなと、今回ブログに書いてみました。


防災グッズ先日は、鹿児島でも震度4を記録した地震がありました。
プレート地震に特徴的な、ゆるやかなグルグルと回るような揺れでした。
事あるごとに口を酸っぱくして言っていますけど、備えましょう。
三日は自力で過ごせるだけの食糧やグッズは揃えておきましょう。

20日は当院の41回目の忘年会を開催しました。
いつものご近所のお寿司屋さんに、足元の悪い中、大勢の方々に集まっていただきました。
この場を借りて改めて御礼申し上げます。

グローブプレゼントを競う余興は、今回は2つに絞りました。
一つは子どもでもできるしりとり。
ただ、特殊なルールを設けたため、かなり難しかったようで、最初でつまずく方もいらっしゃいました。
そしてもう一つは、今年話題となった人物当てゲーム。
フルネームで答えていただくようにしたのですが、4問とも正解が出ませんでした。
反省材料として、来年以降の忘年会のネタ作りに活かしたいと思います。

そして、当院恒例の芋焼酎は「村尾」「なかむら」「島娘」でした。


来年は消費税が上がりますが、お寿司屋さんから出前を取って診療所で忘年会をすると、8%の軽減税率が適用されるんだそうです。
多くの方を招待するようなスペースはないので、現実的ではない話ですが、今度の消費税はややこしいですね。

11月に走った第八回神戸マラソンの正式な記録がようやく出ました。

下半身の筋力の衰えを感じた2015年からジョギングを始め、2016年の第一回鹿児島マラソンがマラソン初デビュー。
その後、第二回と第三回の鹿児島マラソンにはメディカルランナーとして参加し、計3回のマラソンを走りました。

鹿児島マラソン以外全く出場する気がなかった私が、今回遠征したのには理由があります。
これまでの3回のレースは、故障を抱えたままであったり、マラソンに適さない気候であったりで、満足のいく走りが全くできなかったこと。
特にこの3月のマラソンは、万全の準備をして臨んだのに、季節外れの暑さへの対応ができなかったために、あと3kmの所で足が止まって悔しい思いをしました。( → 第三回鹿児島マラソン )
年にたった1回では、ベストなコンディションに恵まれる可能性が低すぎると感じたのです。
そして、今年のゴールデンウィークに早朝のブダペストの街を走ったら、これが案外楽しかったこと。
旅ランに目覚めたのです。


神戸マラソン今回運良く、抽選倍率が3.7倍もあるという神戸マラソンに当選。
実は、11月のマラソンに照準を合わせようとすると暑い時期から走り込まなくてはならないので、参加するのをしばらくためらっていました。
でも、かつて住んでいた街なので、コースは頭の中でしっかり再現できますし、普段走れない道路の上から慣れ親しんだ風景を眺める機会も滅多にないことなので、走ることを決断しました。


鹿児島マラソンと違って、更衣・荷物預け場所とスタート位置が隣接しているのは嬉しいですね。
そして、ボランティアの数が多いのには驚きました。
神戸市は市民救命士の資格を持っている人が多いのも心強いです。
沿道の応援は、意外にも鹿児島に比べると少ない印象でしたが、コスプレして応援する人が結構いたのは大きな違いで、楽しく走れました。

コースの道幅に狭い部分が多い点については織り込み済みでしたが、25km位までは混雑で自分のペースを維持するのにやや苦労しました。
ただ、鹿児島マラソンに比べるとアップダウンは少なかったです。
神戸マラソンの最大の難所とされる37km過ぎからの浜手バイパスの登りまでにはしっかり足を残しておこうという作戦が成功したのか、きつい坂も難なく駆け上がることができましたし、メディカルランナーとしての責務がないという肩の軽さもあってか、念願のサブ4を達成することができました。

大会のロゴにヒマワリの絵があしらわれていますが、参加者にはヒマワリの種が配られました。
自宅で育てて種を収穫して送ってくれたら、油を売ってその収益金を全国の災害被災地の義援金にするのだとか。
さすが神戸、庭に種を蒔く春が待ち遠しいです。
そして、また是非参加したいマラソン大会です。

年末恒例の当院のクリスマスイルミネーションは、11月23日に設置しました。
雨天時以外、夕暮れ時から午後9時近くまで点灯いたします。

例年、その輝きをブログでお伝えしていますが、今回はちょっと別のアイテムを紹介したいと思います。

11月末にフラワーアレンジメントスクール「ラ・フルール」から講師をお招きして、職員全員でクリスマスリース作りに挑戦しました。
診察室で材料を広げて、講師の方のご指導のもと、リースベースにヒバやセンニチコウなどをワイヤーで巻き付けていきました。
ヒバの香りに包まれながらの楽しい作業でした。
今回の材料はドライフラワーになるそうで、クリスマスが終わっても楽しめるようです。

私の作品は、診療所玄関の左手に飾ってあります。
年末まで、日中はクリスマスリース、暗くなったらイルミネーションでお楽しみ下さい。

クリスマスリース01



10月23日はハンガリー動乱の起こった日です。
今年のゴールデンウィークを利用してハンガリーを旅し、当ブログでも私の行った場所などを紹介してきました。

● ガイドブックに載っていないブダペストの観光スポット 聖ラースロー教会
● ガイドブックに載っていないブダペストの観光スポット サボー・エルヴィン図書館
● タイトル画像にマルギット橋と国会議事堂
● ブダの2つの教会 ( マーチャーシュ教会・改革派教会 ) とドナウ川

私が最初にハンガリーを訪れた1987年は、まだ東西冷戦のまっただ中で、ハンガリー動乱のことを口にするのはご法度の時代。
ましてや、それを記念するモニュメントなどある由もありません。
今回の旅行では、冷戦終結後にあちこちに誕生したハンガリー動乱にまつわる場所を訪ねるのも楽しみの一つでした。
これから紹介する場所の多くはガイドブックには載っていませんので、ハンガリー観光する予定のある方は是非参考にしてみて下さいね。
♦♦♦♦♦
 
その前に、ハンガリー動乱について簡単に説明を。
ちなみに、地元では「1956年革命」 ( 1956-os forradalom ) と呼んでいます。

1956年、フルシチョフの行ったスターリン批判をきっかけに東欧諸国での自由化要求が強まります。
ポーランドでは6月に起った反ソ的なポズナン暴動をきっかけに、10月に政権交代が起こります。
これに刺激を受けたハンガリー国民が政府に対して蜂起したのが10月23日のことです。
さかのぼる7月にソ連の圧力でハンガリーのトップが交代させられますが、この退陣や言論の自由を求めるデモが予想を超えて大きくなっていきます。
デモ隊と秘密警察の間での衝突を契機に、市民と駐留していたソ連軍との戦闘が始まります。
ハンガリー勤労者党指導部は、国民に人気のあった前首相ナジ・イムレを急遽復職させ、ソ連から派遣されていた幹部とナジの話し合いの結果、ソ連軍の撤退が決まります。
しかし、彼の打ち出した複数政党制・自由選挙・ワルシャワ条約機構からの脱退などの矢継ぎ早の緩和策が、ソ連の危機感を煽り、再度の武力介入を招く結果となるのです・・・。

その後、ベルリンの壁が崩壊し民主化した現在のハンガリー共和国が樹立されたのは、1989年の奇しくも10月23日のことでした。

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ハンガリーの首都ブダペストに着いたのは午前中でした。
チェックイン前のホテルに荷物を預かってもらい、真っ先に向かったのが、ナジ・イムレ ( Nagy Imre ) の像。
ハンガリーは日本と同じで姓が先で名が後にきます。
ナジ・イムレ01

地下鉄を乗り継ぎ、コシュート・ラヨシュ広場駅で下り、ブダペストの観光の目玉である国会議事堂には脇目も振らずに、まっしぐら。
広場の南東端の交差点の横断歩道を渡った一角にその銅像があります。
橋の上から国会議事堂の方を向いている彼の姿は何となく寂しげですが、当日はハンガリーも休日で周囲はかなり賑わっていました。
ナジ・イムレ02

( ※※ ナジ・イムレの像は2018年末に撤去されてしまったようです。→ こちらのニュース )

このナジ・イムレの像の北側にある農林省 ( Földművelésügyi Minisztérium ) の建物の壁には、ハンガリー動乱の際の銃弾の跡が一つ一つプロットされていました。
ここは、旅行前の下調べでもチェックできなかった所だったので、想定外の発見に少し得をした気分でした。
農林省の銃弾の跡


次に紹介するのは、エルヴィス・プレスリー公園 ( Elvis Presley park ) です。
旅の2日目、ブダペスト近郊の町センテンドレからの帰りに訪れました。
ドナウ川に架かるマルギット橋の西端からちょっと北上したところにあります。
エルヴィス・プレスリー公園

プレスリーは、1957年にテレビ番組で司会者のエド・サリヴァンとともにハンガリー国民への寄付を呼びかけます。
集まった250万ドルを元にして、米国赤十字からハンガリーへ様々な物資が送られたそうです。
2011年にプレスリーはブダペストの栄誉市民に選ばれ、そしてこのドナウ川沿いの公園に彼の名が付けられたのでした。
表示板があるだけでプレスリーの像があるわけでもなく、何の変哲もない公園。
観光客なんてもちろんいません。


エルヴィス・プレスリー公園から南西方面へ少し歩くと、ブダペスト市内とは思えない石畳の坂があります。
グル・ババ通り

グル・ババ通り ( Gül Baba utca ) はオスマントルコがこの地を支配していた時代の名残のある坂で、とても風情があります。
ここは、ガイドブックでよく紹介されている場所なのですが、観光客とおぼしき人達を数名見かけた程度で、静かな異次元の空間でした。
しかし、モスクワを舞台にしていながら実際の撮影はハンガリーで行われた映画「ダイハード5」のカーチェィスの一場面がここで行われたとか。
この坂道の途中にある家にも、ハンガリー動乱時の銃弾の跡が見て取れます。
銃弾の跡


グル・ババ通りを登りきってさらに進むと、マンスフェルド・ペーター公園 ( Mansfeld Péter park ) があります。
Mansfeld-Peter-park

ハンガリー動乱時にわずか15歳だったペーター少年は、水・食糧の配布や情報伝達役として働き、動乱の鎮静化後も闘いの継続を訴えたとして16歳の時に逮捕され、18歳で処刑されてしまいます。
動乱の最年少の悲劇のヒーローとして、ハンガリーの人たちには象徴的な存在なのです。
公園には、厚いコンクリートの壁に四方を囲まれ素っ裸で立っている彼の像があります。
( 少年の像の写真は露出がうまくいっておらず、今回は掲載しません )
この公園からは、ブダペストの観光名所のキモである、ブダの王宮やゲッレールトの丘、ドナウ川にかかる鎖橋やエルジェーベト橋、国会議事堂などを眺めることができました。
世界遺産の街・ブダペストを一望する場所としてはゲッレールトの丘が定番ですが、ここも案外穴場なのではないかと思います。
Mansfeld-Peter-park02

ブダペスト観光の目玉の一つ、漁夫の砦の下あたりにも、壁をスパイダーマンのように這う彼のモニュメントがあるのですが、今回は訪ねる時間がありませんでした。


3日目の朝食を摂りに出かけたのは コルヴィン・クォーター ( Corvin Negyed ) という場所。
卵形に1周する道路に取り囲まれたCorvin Moziという名の映画館を中心に据えたエリアで、今は賑やかなショッピング街になっていますが、ハンガリー動乱の際に最も戦闘が激しかった場所とされています。
黄色い外壁の映画館の前にあるのが、この銅像。
Corvin-mozi

銃を手にして果敢にソ連軍に挑んだ少年たち「Pest Boys」をかたどったものです。
1956年、米国のTime誌が選ぶ Person of the Year に選ばれたのが「Hungarian Freedom Fighters」、彼らだったのです。
この近辺にも、銃痕の残る建物があちこちにあるそうなのですが、これまた時間がなくて探して回るのを断念しました。 

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今回のハンガリー旅行では、ブダペストを中心に、建物・音楽・ハンガリー動乱をテーマに掲げて各地を巡りました。
ガイドブック上のお決まりの観光スポットをなぞるのではなく、歴史を頭に入れて自分なりのプランで赴いた今回の旅、中身の濃いひとときを過ごすことができました。
 

地震6月18日の午前7時58分、大阪府北部を震源とする最大震度6弱の地震がありました。
このところ日本各地で地震が多いですよね。
5月25日は長野県北部で震度5強、6月17日には群馬県で震度5弱、また今月上旬から房総半島沖を震源とする地震も相次いでいます。
私の住む鹿児島でも、6月12日4時54分に宮崎県沖を震源とする最大震度4 ( 鹿児島市は震度3 ) の地震があり、揺れで目覚めたかどうかがその日の話題の中心になったばかりでした。

私は神戸で阪神淡路大震災を経験していることもあって、当ブログでは地震に関係するコラムもいくつか書いていますが、今回は地震の発生時刻について考えてみたいと思います。

今回の大阪の地震は、ちょうど朝の通勤・通学の時間帯を襲った格好になります。
登校中の小学生が倒れてきた学校のブロック塀の下敷きになるなどして4人の方が犠牲になりました。
また、止まった列車から降りて線路を歩いて駅まで歩く人々の様子や、バスやタクシー乗り場の長い行列などの映像が繰返しニュースで放映されていました。

阪神淡路大震災以降の主だった地震の発生時刻を見てみましょう。
地震の発生時間
阪神淡路大震災や熊本地震は、多くの方が自宅にいる夜間に起きており、建物の崩壊による圧死の方が多かったのが特徴の一つです。
福岡県西方沖地震は、昼前かつ日曜日で、今回の大阪の地震と同様に倒れた壁による犠牲者が出ています。
東日本大震災は、午後のちょうど幼稚園児の降園の時間帯にあたるかと思います。
新潟県中越地震は、帰宅の時間帯に相当します。

地震は、震源がプレートなのか活断層なのか、都市部か山間部か、など様々な要因で我々の生活への影響もだいぶ違います。
そして、季節や発生時刻によってもかなり様相を異にします。
今回の大阪北部を震源とする地震は、多くの人が移動する時間帯であったため、既に述べたような事態が発生したことは説明するまでもありません。
皆が目的に向かって動いており、家族や知り合いの行動もバラバラ。
安否確認も一苦労です。

皆さんにお伝えしたいのは、こういう災害時に他人事と考えずに自分に当てはめて捉えていただきたいということです。
今回は、週明けの通勤時間帯でどのような事態が発生したか、自分だったらどうなるのか、そしてどうするのか。
そして、家族とはどうやって連絡を取り合うのか。
報道などからしっかり学習して、防災対策として自分のものとして欲しいのです。
なぜそのようなことを言うかというと、これだけ多くの震災が起きているのに、非常食や防災グッズの準備などの対策を全くとっていない人があまりにも多いからです。
起きてからでは遅いのです。
災害の度に知見は蓄積されてきていますので、危機感を持たず無策でいることだけは避けて下さい。

これまでも、当ブログで繰り返し述べていますので、以下のコラムも参考にしてください。

●  阪神淡路大震災から15年
●  阪神淡路大震災から明日で20年
●  明日、阪神淡路大震災から21年


2013年4月13日に淡路島地震が起きた地震は、阪神淡路大震災の原因となった六甲・淡路島断層帯の南端の余震域で起きたもので、その関連性が議論されたこともありました。
今回の大阪北部を震源とする地震との関連はどうなのでしょうね。

ゴールデンウィーク中に訪れたハンガリー。
主要な観光コースからは外れていてガイドブックには載っていないけれど、足を運んでみて欲しい場所。
2ヶ所目は、とある図書館です。

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ブダペストのリスト・フェレンツ国際空港から市街地に向かう100Eのバスが最初に停車するカールヴィン広場 ( Kálvin tér ) 。
このバス停から東へ2分程度で歩いて行けるサボー・エルヴィン図書館 ( Fővárosi Szabó Ervin Könyvtár ; Metropolitan Ervin Szabó Library ) が今回紹介するスポットです。

元々 Wenckheim 伯爵の宮殿として1889年に完成したネオバロック様式の建物で、伯爵の死後、紆余曲折を経て1931年から図書館として活用されるようになりました。
三角形の土地に造られた、上から俯瞰して台形の形をしている建物です。
昔はエントランスとして使われていたであろう西の端の部分は閉ざされていますが、建物に沿って北側の道を進むと図書館の入口があります。

中に入ると、右手はビュッフェ、左手に受付があり、ここで我々観光客は入場券 ( 800フォリント ) を買う必要があります。
ゲートを通って階段を上がっていくと、ありきたりな図書館の光景に最初は拍子抜けします。
近くに大学がいくつかあるので、大勢の若者が館内で静かに勉強しています。
しかし、目指すは4階 ( 日本風に言うと5階 ) です。

サボー・エルヴィン図書館01目的の4階に着いても、ごく普通の現代的な景色が広がっていますが、奥に進んで行くと全く別世界の空間が待っています。
宮殿であった名残りが随所にみられる部屋の数々。
写真ではキャラクターの大きく異なる2つの部屋を紹介していますが、この中で普通に勉強している学生たち。
うらやましい限りです。
時間があれば蔵書を手に取ってゆっくりくつろいでみるのもいいでしょうね。



このスペースを貸し出すサービスもやっているようですが、皆様だったらどう使いますか。( → こちら )
それを活用したのかどうか分かりませんが、今春テレビで流れていた中条あやみが出ているハーゲンダッツのCMがこの場所で撮影されたみたいです。( → こちら )

サボー・エルヴィン図書館02

地下鉄のM3とM4が交わり、トラムもバスも通る交通の便の至極良い
Kálvin térは、観光客が必ず訪れる中央市場にも歩いて行けます。
アクセスの良い場所なので、時間を作ってでも800フォリントをけちらずに是非立ち寄ってみて下さい。
ただし、静かな静かな図書館であることは肝に銘じて下さいね。

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ガイドブックに載っていないブダペストの観光スポット 聖ラースロー教会
タイトル画像にマルギット橋と国会議事堂
● ブダの2つの教会 ( マーチャーシュ教会・改革派教会 ) とドナウ川
ハンガリー動乱の跡をたどる

このゴールデンウィーク中にハンガリーに行ってきました。
私にとって実に31年ぶり、2度目の訪問。
2度目とあってマイナーな場所にも足を伸ばしてみました。
主要な観光コースからは外れていてガイドブックには載っていないけれど、是非訪れてほしい場所を2ヶ所、このブログで紹介したいと思います。
今後、ハンガリーを旅する方の参考になればと思います。

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最初に紹介するのは、ブダペスト・クバーニャ地区にある聖ラースロー教会 ( Kőbánya, Szent László-templom ) です。
若干、街の中心部から離れているので、今回は知り合いの ( と言っても初めて会う) 人に車で連れて行ってもらいました。

この教会、ハンガリーの建築家、レヒネル・エデン ( Lechner Ödön ; 現地読みだとエデンはウドゥンに近いでしょうか。なおハンガリーでは日本と同じで姓が先に来ます ) の作品の一つです。
「西のガウディ、東のレヒネル」と称される彼の建築物はブダペスト市街地の所々で見ることができます。
しかし、工芸博物館は2018年5月現在改修中、地質学研究所は内部見学には事前の予約が必要。
そして郵便貯金局は下から見上げるだけではもう一つですし、美しいグリーンの屋根を一番間近で鑑賞できる
Hotel President Budapest の屋上テラスは食事をせずに立ち去るわけにはいかないでしょうし。
それらに比べると、聖ラースロー教会は周囲に建物がないので外観をぐるりと見て回ることができる上、内部の見学も無料。
何とも贅沢です。

聖ラースロー教会01教会の高さは83メートル。
ブダペスト市内では96メートルの
聖イシュトヴァーン大聖堂に次ぐ高さを誇る教会です。
教会を建てるにあたっては3つの案があったようですが、最終的にレヒネルの作品が選ばれたとか。
ロマネスク、バロック、ゴシック、ペルシャ、そしてハンガリー独自のスタイルなどを融合したものらしいのですが、よくわかりません。
とにかく屋根に輝くジョルナイ製のタイルが美しいです。
中央とその両端にある尖塔は六角形をしており、途中がドーム状に膨らんでいます。
この建物の大きな特長の一つでしょうね。

中に入ると、誰もいません。( 50分位居たのですが、その間にわずか2組しか入ってきませんでした ) 
ジョルナイ製の陶器による装飾や、絵画、ステンドグラス、パイプオルガンなど、素敵な空間を我々だけで独り占めです。
特にジョルナイのターコイズブルーが印象的でした。

熱心に見学をしているのに気付いたのか、教会の関係者が私たちの方に近づいてきて解説を始めました。
ラースロー1世のことから、教会が建てられた経緯、そしてジョルナイや描かれている数々の聖人の話など。
特に、ステンドグラスを作った
Róth Miksa という人の話に熱がこもっていたように思います。
ハンガリー語の語りを知り合いが半分くらいに要約して英語にしてくれて、さらにその半分くらいをようやく理解した程度なのですが、思いもよらぬことに感激しました。

聖ラースロー教会02

あまり写真を掲載すると逆に興味が半減してしまうでしょうから、今回は2枚だけにしておきます。


街の中心部からやや
離れていますが、ブダペスト市内を縦横無尽に走るバスやトラムでアクセスできます。
バスは9番 ( オーブダ地区から街の中心を通って教会近くまで行く。終点一つ手前の Szent László tér 下車 )。
トラムは3番、28番、62番 ( M1やM2、M3の地下鉄の駅から乗り継げます。やはり Szent László tér 下車 )。
バスもトラムも車内のモニターに次の停留所が表示されますので、ご心配なく。


足を伸ばして訪れる価値が十分にある世界遺産の暫定リストとなっている建物、見なきゃ損です。( → ユネスコのHP Ödön Lechner’s independent pre-modern architecture )

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ガイドブックに載っていないブダペストの観光スポット サボー・エルヴィン図書館
タイトル画像にマルギット橋と国会議事堂
● ブダの2つの教会 ( マーチャーシュ教会・改革派教会 ) とドナウ川
ハンガリー動乱の跡をたどる

5月は1日・2日も外来診療をお休みさせていただきます。( → こちらをご参照下さい )
その間に予定していた玄関先の工事ですが、1日でできるという話となり、先週木曜日の午後の休診時間帯を利用して作業に取りかかってもらいました。

何を設置したかというと、防風スクリーンです。
古い設計の建物で玄関の扉が一枚しかなく、特に冬場の空調には問題がありました。
風除室の設置などを以前から考えていましたが、検討の結果、スクリーンの方が現実的であろうということで落ち着きました。

手前にある階段を利用していただく時に多少不自由をおかけしますが、待合室での快適性はちょっぴり向上したのかなと思っています。

防風スクリーン01


当院の正面の道路に面した部分の生け垣に植えてあるベニバナトキワマンサクが花を咲かせています。
昨年に刈り込んだので、今年はあまり花を持たないだろうと思っていましたが、この気候のせいでしょう。
先月後半くらいから、独特の葉の色も相まって生け垣がきれいな赤に染まっています。

そんな中、一ヶ所だけ白い花をつけた枝が。
葉も緑色をしています。
元々、紅色の株は変種らしいので、先祖返りしたのかも知れませんね。
当院の前を通る機会がありましたら是非見つけてみて下さい。

ベニバナトキワマンサク

ごーる第三回鹿児島マラソンが3月4日に開催され、私は昨年に引き続きメディカルランナーとして参加しました。


開催2日ほど前までは小雨の予報だったのですが、前日になって晴れマークに変化。
実際に当日は、雲もほとんどないいい天気となりました。
しかし天気が良過ぎて気温がぐんぐん上がり、ゴール地点である鹿児島市役所付近は昼過ぎに26℃を超えたとか。
マラソンには不向きなコンディションでした。

メディカルランナーは背中にもゼッケンを付けるのですが、国道10号線を北上する際はけっこう強めの東風が吹き、このゼッケンが風に煽られてけたたましい音を立てる時間帯もありました。
第一回、第二回と故障を抱えベストなコンディションで走ることが出来なかったのですが、今回は怪我もなく意気込んでいましたが・・。
水分補給はこまめに行なっていたのですが、絶対量が不足していたのでしょう。
36km付近から両腕がしびれ始め、脚が急に重くなり、39km
 ( 仙巌園付近で脚がつり、全く走れなくなりました。
原因は脱水と低ナトリウム血症だと思います。
最後の3kmは単なるウォーキングです。
鳥越トンネル付近ではふらふらしてまっすぐ歩けず、4時間のペースセッターに抜かれるなどして気分もどん底。
よく、マラソン中継でフラフラでまっすぐ走れずにスタジアムに入ってくる選手が映し出されることがありますが、まさにそんな感じでした。
ただ、
仙巌園で水分補給をした上に、鳥越トンネルの中で体のクールダウンが出来たのだと思います。
トンネルを出たあたりから、比較的早足でまっすぐ歩けるようになりました

上町地区の沿道の応援の方に「メディカルランナー、大丈夫か」との声もいただきながら、何とか完歩いたしました。

昨年よりネットで4分程タイムを落としたものの、順位は逆に500番程上がっていました。
それだけ過酷なレース環境だったのでしょう。
この結果と汗の結晶で自分の顔や首が白くなっているのを見てつくづく実感したのでした。


3回とも気象条件にあまり恵まれていない鹿児島マラソンですが、自然も相手にしなければならないマラソンって奥が深いですね。
今回の経験も糧にして、気象コンディションにもしっかり対応してレースに臨めるよう、次回に向けて日々研鑽を積んでいきたいと思います。

ジョグ第一回から参加している鹿児島マラソンの開催日が近くなってきました。
今年もメディカルランナーとして参加予定で、大会に向けて練習に励んでおります。

休日だと西之谷ダムや健康の森でやることの多い練習も、その大半は平日に仕事が終わってからの診療所周辺のジョギング。
多くの方に目撃されているようで、ここ数日、来院される患者さんに激励の言葉を戴く機会が増えています。
ありがとうございます。
今シーズンの寒さが半端ではなく、思ったような練習ができていませんが、役割を果たしつつ完走を目指したいと思います。

さて、平昌オリンピックも間もなく閉幕します。
いろんな感動のある日々が続いていますが、私が最も楽しみにしている男子アイスホッケーの決勝は ドイツ vs OAR という意外な組合せになりました。
3位決定戦も カナダ vs チェコ なので目が離せません。

今朝起きたら、屋根や車に雪が積もっていました。
雪は途中から雨になりましたが、寒くて外出する気には全くならず、終日家にこもっていました。

IH夕方は平昌五輪の女子アイスホッケーのテレビ観戦。
私は、南国育ちながらアイスホッケーの大ファンで、神戸在住時は日本リーグなどの試合を見によく足を運びました。
先日の対スウェーデン戦も今日の対スイス戦も互角以上の試合をしていましたが、ゴール前への詰めや相手ゴールキーパーの肩口を狙うシュートなどに課題があるように思いました。

選手の中で、細山田選手が気になっています。
ディフェンダーながら攻撃にも積極的に参加できる点もさることながら、ルーツが鹿児島にあるであろう姓だからです。
鹿児島県内にリンクがなくなってしまい、スケート競技選手の輩出が無理な状態ですし、陰ながら応援しちゃいますね。

昨日21日はご近所のお寿司屋さんで当院の40回目の忘年会を開催しました。
寒い中、大勢の方々に集まっていただきました。
この場を借りて改めて御礼申し上げます。

叩いてプレゼントを競う余興では、今年話題となった生き物や人物を当てるゲーム、前国会議員の暴言をヒントにしたゲーム、そしてビール瓶をヒントにした叩いてかぶってジャンケンポン。
盛り上げていただいてありがとうございました。
そして、当院恒例の芋焼酎は「村尾」「なかむら」「㐂六 ( きろく ) 」。
㐂六は私も初めて飲みましたが、美味しかったです

また、お寿司屋さんからは特製の醤油を景品として提供していただきました。
ありがとうございました。

仕事納めまであと一週間ほど。
寒さが続きますが、頑張りましょう。

12月1日に城西地区学校保健研究協議会という会合が武岡小学校にて開催されました。
今年は武岡小学校が担当で、研究主題としている「健やかな生活習慣づくりに取り組もう ~ 早寝・早起き・朝ごはんを通して ~」の取り組みと成果についての発表がなされた後、パネルディスカッションにパネリストとして壇上に上がらせていただきました。
その時の内容を簡単にまとめておきます。

私が事前に与えられたのは、早寝・早起き・朝ごはんが定着しないことや睡眠不足によるリスクについての解説。
食事と腸内細菌と体内時計が密接に関わっていることを、ここ1~2年の間に報告された論文の中からいくつか紹介しました。( こちらも参考にしてみて下さい → 「高脂肪食で体内時計が乱れる」 )
その時に提示したスライドの一部を下の方に掲載しておきます。( クリックで拡大します)

スライドに記したもの以外にも
・朝食摂取により成績が良くなる可能性、インスリンは記憶や学習に重要な役割がある
・よく噛むと、インスリン分泌を促したり食欲を抑えたりする役割のあるGLP-1という物質が増える
・噛む回数を増やすために食事に一工夫を
と言った話をさせていただきました。

朝食摂取や睡眠の重要性を理解していただき、今後のご家庭や学校での取り組みに参考になれば幸いです。

010203

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