<< 風邪薬についての考察 第9回 >>


今回はやや難しい話になります。
できるだけ分かりやすく書いたつもりではありますが、お付き合いの程を。

薬物代謝に重要な役割を果たすものの一つにチトクロームP450 ( CYP ) と呼ばれる酵素の一群があります。
主に肝臓に存在し、薬物の分子構造を変化させて体の外へ排泄しやすいようにしてくれる役割があります。
今回はその中の一つ「CYP2D6」に焦点を当てます。

抗ヒスタミン薬選択的セロトニン再取り込み阻害薬 ( SSRI )・抗うつ薬コデイン抗不整脈薬β遮断薬・etc.‥。
CYP2D6は我々が処方する約3割にあたる薬物の代謝に絡んでいるのですが、前回取り上げた抗コリン作用を持つ薬剤が案外多く含まれているのも特徴かと思います。
これらの薬を重複して服用しておられる方も多いですよね。
( なお、上に挙げた系統のすべてがこのCYP2D6で代謝されるわけではありませんので個別にはネットや薬の本等で調べてください。)

さて、PL顆粒に咳を鎮める成分が含まれていない理由を考えてみましょう。
PL顆粒に含まれる抗ヒスタミン薬のメチレンジサリチル酸プロメタジンはこのCYP2D6で代謝されます。
鎮咳剤の代表であるコデイン系の薬物もCYP2D6で代謝を受けます。
トンネル
プロメタジンもコデイン関連物質も同じCYP2D6と名付けられたトンネルを通ろうとすると、1種類だけなら難なく通れるトンネルも、2種類が同時だと押し合いへし合いとなってスムーズには通れなくなる可能性もあります。
その結果、お互いの血中濃度が下がりづらくなるかも知れません。
コデイン系の薬はそのままでは何の効果も持たず、CYP2D6で代謝されて初めて鎮咳作用が発揮できるようになります。
したがって併用すると抗ヒスタミン薬の持つ抗コリン作用などの副作用は長引くし、咳もなかなか鎮まらない可能性が出てきます。

PL顆粒を作っているメーカーはデキストロメトルファン ( メジコン ) という咳止めも作っていますが、これもCYP2D6で代謝される薬です。
PL顆粒に咳を抑える成分が含まれていない理由はこの点にあるのではないかと私は考えています。
市販の総合感冒薬には抗ヒスタミン薬とコデインが配合されているものが多いのですが、好ましいとは言えません。
( 但し、実際に臨床で用いられる用量であれば大きな問題はないと考えられています。) 

また、血圧の薬であるアムロジピンや吐き気止めのメトクロプラミド ( プリンペラン ) などは、自分自身はCYP2D6で代謝されないものの、CYP2D6の働きを邪魔してしまう作用がありますので、やはり注意をする必要があるでしょう。
( CYP2D6の働きを阻害する薬剤は他にもたくさんあります。)
代謝酵素に注目してみると、薬の飲み合わせの善し悪しがわかってくるのですが、薬が数種類処方されることも多く、正直キリがないです。

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CYP2D6を話題にしたついでに、パロキセチン ( パキシル ) という薬剤について一言。
一時期は最も処方されていたSSRIで、CYP2D6で代謝される薬剤の一つですが、そのCYP2D6の働きを阻害するという厄介な側面も持っています。
自分の通るべきトンネルの入り口を自ら狭めてしまうわけですね。
最初に服用していたパロキセチン量を倍にしたとします。
CYP2D6の阻害作用もさらに強くなるので、代謝のスピードが落ちて血中濃度が倍以上になってしまい、それまでみられなかった副作用が出現する可能性も高くなります。
逆に減量したり止めたりするとCP2D6の働きが回復するため、薬の血中濃度が急激に下がり、押さえられていた症状が悪化するという離脱症状が出やすい薬剤です。
パロキセチン単剤ならまだしも、総合感冒薬やCYP2D6に絡む他の薬剤を併用すればどうなるか、想像に難くないでしょう。
頻用されるパロキセチンですが、SSRIは他にも何種類かあります。
いわゆる「パキシル地獄」を招かないためにも、他のSSRIの選択を医師側にも求めたいと思います。

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次回はCYP2D6の個人差について書いてみたいと思います。


 ⇨ 第8回 「抗コリン作用って ?

 ⇨ 第10回 「CYP2D6からPL顆粒を考える その2」