<< 出血をきたす消化器疾患 第3回 >>


Mallory_Weiss.gif出血をきたす消化管出血としてまず、Mallory-Weiss ( マロリー・ワイス ) 症候群 ( 以下 MWS ) を取り上げます。
名前だけ聞くと、仰々しく一体どんな疾患かピンとこないと思いますが、嘔吐などで腹腔内圧や食道内圧が上昇することで食道と胃の境界付近の粘膜に裂け目ができて出血するという病態を言います。
最初に Mallory と Weiss によって、飲酒後の嘔吐に引き続き吐血した患者、15例を調べたら食道胃接合部の裂傷が原因だったと報告したので彼らの名前がついているわけです。
発表されたのは1929年。
当時は内視鏡なんかありませんから、解剖結果によるレポートになっています。

このシリーズでは、医学知識の変遷についても考察していくつもりですが、この MWS も格好の材料です。
というのも、彼らが最初に発表した論文が、飲酒に絡む患者の剖検例だったため、私が学生時代に使っていた朝倉書店の内科学、第四版では「大量飲酒後の悪心・嘔吐に引き続いて吐血をきたす疾患である」とあたかも飲酒が引き金であると断定して書いてありましたし、大学の講義でもそのように教わりました。
検査をして MWS が発見された場合、必ず飲酒をしたかどうかを聞くのが常だったのです。
アルコールで粘膜が脆弱になるのが原因なんじゃないか、なんて言っていた先輩医師もいたくらいです。

しかし、私が初めて遭遇した MWS はソバを食べた後に嘔吐した症例でした。
結局飲酒後に限らず、嘔吐を契機にして傷が入れば生じる疾患なのです。
これは、内視鏡検査が普及して容易に診断が下せるようになったことが大きいと考えます。
軽症例もたくさん発見できるようになり、決して珍しい疾患ではないこともわかってきました。
内視鏡検査時に激しくオエオエして、それで MWS を生じることも無きにしもあらずなんです。

ほとんどの場合、放ったらかしておいても自然に治ってしまいますが、まれに止血操作を必要とすることもあります。

写真の解説をしておきますが、右上のものは典型的な飲酒後の嘔吐で生じたもの。
中央が胃の入り口である噴門で、2時の方向にある傷から出血しています。
検査中は左側臥位になるため、反対側 8時の方向に流れた血液が溜まっているんですね。
( 方向の見方については「逆流性食道炎の内視鏡写真」を参照して下さい。)
この症例は特に処置をしませんでしたが自然に治りました。

MW03.gifもう一つ、左の写真はたまたま検診時に発見した傷跡を写したもの。
5時の方向にある白い細長い筋がそれで、治りつつあるところです。
「何日か前に血を吐きませんでしたか ?」
「そういえば、酔って吐いた時、血が混じっていたような・・・」
本人さん、記憶が曖昧でした。
病院に来なくても自然に治ってしまうということですね。