野口内科 BLOG

  野口内科は鹿児島市武岡に開業して46年を迎えました。
  当ブログでは、当院からのお知らせ、医療・健康に関する情報の他に、近隣の話題、音楽・本のこと等を綴ってまいります。

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    院長   野口 仁

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PL

<< 風邪薬についての考察 第10回 >>


酒をとことんあおっても平気な人もいれば、一口飲んで顔が赤くなってダウンしてしまう人もいる。
アルコールに強い人、弱い人がいるのは日常的にみなさんもよく承知されているのではないでしょうか。
これは、エタノールやアセトアルデヒドを分解する酵素の強弱に遺伝的な差異があるからです。

同じように CYP2D6 にも遺伝的な違い ( 遺伝子多型 ) があることがわかっています。
最も活性が強いほうから
  • Ultra-rapid metabolizer ( UM )  ( 代謝が超迅速に行われるタイプ )
  • Extensive metabolizer ( EM )  ( 代謝活性が正常に行われるタイプ )
  • Intermediate metabolizer ( IM )  ( 代謝が低下しているタイプ )
  • Poor metabolizer ( PM )  ( 酵素活性がないか極端に低いタイプ )
という名称がつけられています。
右側に私が勝手に解説を加えていますが、標準は EM です。

日本人において、CYP2D6の活性が欠損している PM の方は1%に届かないようですが、活性が十分でない IM の方が 40% 程度いると言われています。

PM の方が PL顆粒を服用すると2日間ほどは眠気でふらふらするそうです。
居眠り2008年1月14日、月山第二トンネル内でバスの運転手が気を失い、乗客がうまくバスをコントロールして事無きを得たという事故がありました。
当時は睡眠時無呼吸症候群が注目されていた時期でしたけれども、この運転手の場合は風邪薬を服用していたと後に報道されていました。
その報道を聞いた時は、風邪薬でそこまで眠りこけてしまうものなのかと訝しく思いましたが、CYP2D6 の PM だった可能性が高いのでしょうね。

CYP2D6 の遺伝子多型は一般的ではないですが、依頼して調べることが可能です。
乳癌治療薬であるタモキシフェン
主にこの酵素で代謝されますが、使用前に予めこれを調べるサービスもあります。
しかし、タモキシフェンは他の酵素でも代謝されますし、どこまで有用かはよくわからないというのが現状です。
EM であったとしても、例えパロキセチンを服用していれば作用が減弱してしまいますしね。( → 文献
そういうコストのかかる検査を受けなくても、ある程度推測は可能ではないかと思います。
というのも、風邪薬は日本国民の大多数が使用経験があるはずですから非常に手がかりが掴みやすいのです。
風邪薬で眠くなる方は IM か PM の可能性が十分にあるわけで、CYP2D6 が代謝に絡む他の薬剤にも十分気をつけなければなりません。
医者の側もこの情報をしっかり聞きだして処方する際に役立てたいものです。
CYP2D6 が代謝に絡む薬剤には副作用として抗コリン作用のあるものが多いですからね。

また、これも日本人では 1%未満ですが、UM の方では薬が早く代謝され過ぎてさっぱり効いてくれないのです。
逆に、前回も触れたように咳止めの作用のあるコデイン系の薬は CYP2D6 で代謝されて初めて薬効を発揮しますので、UM だとこの代謝産物の濃度が急速に上がってしまい、場合によっては中毒死するという報告もあります。
英国では市販の風邪薬にコデイン関連成分を使うことを厳しく制限しています。
対して日本では、授乳中の母親がコデイン系薬剤を服用した場合に乳児の血中濃度上昇が懸念されるため授乳婦のみ使用禁止が通達されているものの、後は野放し状態。
風邪薬は日用品と同様にネットでも大量購入ができてしまいますが、本当に怖いですよね。

次回は、風邪薬について他国との比較をしてみたいと思います。


 ⇨ 第9回 「CYP2D6からPL顆粒を考える その1

 ⇨第11回 「小児に風邪薬を使わない海外の事情」 

<< 風邪薬についての考察 第9回 >>


今回はやや難しい話になります。
できるだけ分かりやすく書いたつもりではありますが、お付き合いの程を。

薬物代謝に重要な役割を果たすものの一つにチトクロームP450 ( CYP ) と呼ばれる酵素の一群があります。
主に肝臓に存在し、薬物の分子構造を変化させて体の外へ排泄しやすいようにしてくれる役割があります。
今回はその中の一つ「CYP2D6」に焦点を当てます。

抗ヒスタミン薬選択的セロトニン再取り込み阻害薬 ( SSRI )・抗うつ薬コデイン抗不整脈薬β遮断薬・etc.‥。
CYP2D6は我々が処方する約3割にあたる薬物の代謝に絡んでいるのですが、前回取り上げた抗コリン作用を持つ薬剤が案外多く含まれているのも特徴かと思います。
これらの薬を重複して服用しておられる方も多いですよね。
( なお、上に挙げた系統のすべてがこのCYP2D6で代謝されるわけではありませんので個別にはネットや薬の本等で調べてください。)

さて、PL顆粒に咳を鎮める成分が含まれていない理由を考えてみましょう。
PL顆粒に含まれる抗ヒスタミン薬のメチレンジサリチル酸プロメタジンはこのCYP2D6で代謝されます。
鎮咳剤の代表であるコデイン系の薬物もCYP2D6で代謝を受けます。
トンネル
プロメタジンもコデイン関連物質も同じCYP2D6と名付けられたトンネルを通ろうとすると、1種類だけなら難なく通れるトンネルも、2種類が同時だと押し合いへし合いとなってスムーズには通れなくなる可能性もあります。
その結果、お互いの血中濃度が下がりづらくなるかも知れません。
コデイン系の薬はそのままでは何の効果も持たず、CYP2D6で代謝されて初めて鎮咳作用が発揮できるようになります。
したがって併用すると抗ヒスタミン薬の持つ抗コリン作用などの副作用は長引くし、咳もなかなか鎮まらない可能性が出てきます。

PL顆粒を作っているメーカーはデキストロメトルファン ( メジコン ) という咳止めも作っていますが、これもCYP2D6で代謝される薬です。
PL顆粒に咳を抑える成分が含まれていない理由はこの点にあるのではないかと私は考えています。
市販の総合感冒薬には抗ヒスタミン薬とコデインが配合されているものが多いのですが、好ましいとは言えません。
( 但し、実際に臨床で用いられる用量であれば大きな問題はないと考えられています。) 

また、血圧の薬であるアムロジピンや吐き気止めのメトクロプラミド ( プリンペラン ) などは、自分自身はCYP2D6で代謝されないものの、CYP2D6の働きを邪魔してしまう作用がありますので、やはり注意をする必要があるでしょう。
( CYP2D6の働きを阻害する薬剤は他にもたくさんあります。)
代謝酵素に注目してみると、薬の飲み合わせの善し悪しがわかってくるのですが、薬が数種類処方されることも多く、正直キリがないです。

♦♦♦♦
 
CYP2D6を話題にしたついでに、パロキセチン ( パキシル ) という薬剤について一言。
一時期は最も処方されていたSSRIで、CYP2D6で代謝される薬剤の一つですが、そのCYP2D6の働きを阻害するという厄介な側面も持っています。
自分の通るべきトンネルの入り口を自ら狭めてしまうわけですね。
最初に服用していたパロキセチン量を倍にしたとします。
CYP2D6の阻害作用もさらに強くなるので、代謝のスピードが落ちて血中濃度が倍以上になってしまい、それまでみられなかった副作用が出現する可能性も高くなります。
逆に減量したり止めたりするとCP2D6の働きが回復するため、薬の血中濃度が急激に下がり、押さえられていた症状が悪化するという離脱症状が出やすい薬剤です。
パロキセチン単剤ならまだしも、総合感冒薬やCYP2D6に絡む他の薬剤を併用すればどうなるか、想像に難くないでしょう。
頻用されるパロキセチンですが、SSRIは他にも何種類かあります。
いわゆる「パキシル地獄」を招かないためにも、他のSSRIの選択を医師側にも求めたいと思います。

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次回はCYP2D6の個人差について書いてみたいと思います。


 ⇨ 第8回 「抗コリン作用って ?

 ⇨ 第10回 「CYP2D6からPL顆粒を考える その2」 

<< 風邪薬についての考察 第8回 >>


トイレ前回は、PL顆粒に含まれるメチレンジサリチル酸プロメタジンという抗ヒスタミン薬に抗コリン作用があるから、前立腺肥大症緑内障のある方には使用禁忌だ、と書きました。
このことについて大まかに。

抗コリン作用を持つ薬剤は、副交感神経の末端から放出されるアセチルコリンという神経伝達物質の働きを邪魔します。
その結果、副交感神経の持つ様々な働きが抑制されてしまいます。
内視鏡検査の時によく使う胃腸の動きを抑える注射や眼底検査の時に瞳孔を拡げる点眼薬は、この作用を活用した薬剤になります。

目的とする働きだけが抑制されたら理想的なのですが、そういうわけにはいきません。
副交感神経がうまく働かなくなるといろいろと困った症状も出てきます。
例えば、

● 瞳孔が拡がる → 房水の出口が狭くなって眼圧が上がる
● 涙や唾液の分泌が減る → ドライアイ、 口渇
● 消化管の動きが悪くなる → 便秘、吐き気
● 心拍数が増える → 不整脈を誘発しやすくなる
● 膀胱括約筋が緩まなくなる → 排尿障害

他にも様々な影響があるのですががこのくらいで
要するに副交感神経の働きが鈍るので抗コリン作用を持つPL顆粒は前立腺肥大症 ( 正確には下部尿道閉塞疾患 ) や緑内障には使えないというわけです。

抗コリン作用を期待して薬を選択する場合も当然ありますが、ありがたくないことに、この作用を持つ薬剤は抗コリン剤だけでありません。
今回話題にしている抗ヒスタミン薬もそうですし、向精神薬制吐薬気管支拡張薬抗不整脈薬ステロイド降圧薬筋弛緩薬潰瘍治療薬…と強弱はあれど様々な薬が抗コリン作用を持ち合わせています。
( ここに挙げた全ての薬が抗コリン作用を持つわけではありません。種類によります。)

注意しておきたいのは、抗コリン作用は認知機能にも影響を及ぼすということ。
高齢者においては、上に挙げたような抗コリン作用を有する薬剤を複数飲み合わせているケースが珍しくはありません。
認知症と診断される高齢者の 1割くらいは薬剤性の認知症とも言われおり、薬剤の関与が疑わしければ処方内容を再検討する必要も出てきます。
多くの薬剤を服用している高齢者が風邪をひいた際にPL顆粒や市販の総合感冒薬を服用すれば、薬物代謝の能力が落ちているために抗コリン作用を増長させかねないので、極めて注意を要します。
風邪薬に限らず、そして高齢者に限らず、抗コリン作用が重なる処方の組み合わせはできるだけ必要最小限に留める努力も我々医者には求められると思います。

さて、PL顆粒には風邪の三大症状の一つ「咳」に対する成分が含まれていないことに前回言及しましたが、それは薬物の代謝酵素の側面から見ると賢明に思えます。
次回は「CYP2D6」という代謝酵素を取り上げて検討してみたいと思います。


 ⇨ 第7回 「PL顆粒が前立腺肥大症や緑内障に使えない理由
 ⇨ 第9回 「CYP2D6からPL顆粒を考える その1


<< 風邪薬についての考察 第7回 >>


粉薬総合感冒薬は、世代を問わず最も服用する機会の多い薬だと思います。
第1回にも書きましたが、鼻・のど・咳の三症状が揃ったものを風邪と言いますが、実際に外来に来られる方の症状は複雑で多彩。
発症からの時間経過によっても症状が刻々と変化しますしね。
そんな風邪を幅広くカバーするために、市販の総合感冒薬は一つのブランドでも複数の種類を揃えています。
それでもその時の症状に必要なものが欠けていたり、逆に余分であったりすることがどうしても生じてしまうのが難点です。

医療用の総合感冒薬として代表的なのが「PL顆粒」。
病院で処方してもらった経験のある方も多いと思いますが、前立腺肥大症 ( 正確には下部尿道閉塞疾患 ) や緑内障等に禁忌であることや、どんな成分が含まれているのかすら知らずに処方している医師が多いのが現状です。
なぜ前立腺肥大症や緑内障に使ってはいけないのか ( 他にも禁忌はありますが ) 、その中身を検討してみましょう。

PL顆粒に含まれるのは以下の4つの成分です。

 ① サリチルアミド
 ② アセトアミノフェン
 ③ メチレンジサリチル酸プロメタジン
 ④ 無水カフェイン

① は
消化器医をやっている私のブログには何度も出てきた解熱鎮痛作用を持つ非ステロイド系抗炎症薬 ( NSAIDs ) の一種で、胃や十二指腸潰瘍がある場合には使えません。
② はカロナールという商品名で有名な成分ですが、これも解熱鎮痛作用があります。
③ は抗ヒスタミン薬で、鼻水やくしゃみを抑える効果があります。
④ は改めて説明するまでもなく様々な作用を持ち合わせているのですが、医師が処方箋薬として使うのは原則として鎮痛を目的にする場合に限られます。

解熱鎮痛剤が2種類含まれてますし、カフェインも表向きは鎮痛を目的として配合されているとすると、いびつな組み合わせですよね。
それに、三大症状の一つである「咳」に対する有効成分が見当たりません
総合感冒薬と謳っていますが、万能ではないのです。
ただ、④ は咳を鎮めるテオフィリンという物質に化学構造が似ており、ある程度咳に効くとされています。
ご存知のように覚醒作用もありますので、抗ヒスタミン薬による眠気対策としても混ぜてあるのでしょう。
そしてカフェインの存在下でアセトアミノフェンの作用が増強されるとも考えられています。
また、③ の抗ヒスタミン薬が咳に有効な場合もあり得ます。

しかし、咳を鎮める目的で使われることの多いコデイン系やデキストロメトルファン ( PL顆粒を販売している会社の製品の一つ ) などが、配合されていないのはなぜなのでしょうか。
実は深く掘り下げてみると鎮咳成分を混ぜていないのはとても賢明なのかも知れません。
これはまた第9回で触れる予定にしています。

薬の知識を持っている人ならば、前立腺肥大症や緑内障に使えない薬剤といえば、副交感神経の働きを抑える抗コリン薬を思い浮かべます。
PL顆粒には抗コリン薬は含まれていませんけれども、実は抗ヒスタミン薬である ③ は抗コリン作用も併せ持っているのです。
そんなわけで抗コリン薬と同じ禁忌項目があるわけなのです。

次回は風邪薬から少し離れますが、抗コリン作用のある薬物をちょっと考察してみます。


 ⇨ 第6回 「医療用より多彩な市販のトローチ
 ⇨ 第8回 「抗コリン作用って ?」 


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